突然ですが、「たそかれ(黄昏)」と「かはたれ(彼は誰)」の違いは、お分かりになりますか。
(これは、朝、明け方のほうね)
いえ、ゆうべ営業で五木ひろし「よこはま・たそがれ」の清水アキラ版の、ほんのさわりをやったら大受けに受けて、僕はほんとに淋しい熱帯魚だったわけです。あれ、山口洋子にはわるいのだけれど、字句解釈からは、実はあまりうまくない。歌詞の中身とも、矛盾すると言わざるを得ない。
*
品詞分解しましょうか。わびしい心持ちは、品詞分解によってのみ救われるものです。
- た(代名詞。誰。不特定の人を指す。)
- そ(終助詞。本来は文末に来るべきものだが倒置されている。意味は高校古文の説くいわゆる強意、よりも、大野晋の「新発見」「驚き」説を僕は採りたい)
- かれ(代名詞。話し手から離れた、遠い物・事・時・人を指す。平安末期に「あれ」に取って代わられる)
その上で(工夫して)訳します。
「あら(=新発見+驚き)、あちらは、自分には判然としない・少なくとも親しくない方です(です/だ、の先祖が「ぞ」)」(岩波古語辞典P.801に曰く【うすぐらくなって人の顔が見分けにくい(略)】)
往来などで出くわして、対象が人という認識はある・識別はつく。そしてそれが知己(知り合い)なのかそうでないのかの区別もつく。そこまで。たそがれは、そういう時間帯として感受された。
*
「かはたれ」のほうも、品詞分解しましょうか。
- か(代名詞。遠いものを指し示す。あれ、あの人)
- は(係助詞。重要な特徴として、疑問詞を承けない。掲題・なぞかけ=続く・下の部分に、ほぼ必ず、答えを用意する。答えが省略されたときには、宙ぶらりんの感覚が残る。現代の「○○とは?」の「は」に近い)
- たれ(不定称。だれ)
救われた気持ちになったので、訳します。
「あの方はどなた(なのかしら)?」(岩波古語辞典P.323に曰く【うす暗くて人の顔もおぼろにしか見えず、あれは誰、と見とがめる(略)】)転じて、明け方の声かけになったとかならないとか。
*
整理します。
語彙 | 試訳 | 訳注1 | 訳注2 |
たそかれ | あら、あちらは、自分には判然としない方です。 | そ(ぞ)→言い切り・強い認識 | (次第に暗くなって、判然としにくくなりましたね)→夕暮れ |
かはたれ | あの方はどなた(なのかしら)? | 疑問→問いかけ | (まだ未明で暗いので、確かめが必要ね)→朝、明け方 |
僕は、こうだと思っています。そんなに、間違っていないんじゃないかな。
*
以上は、石塚修先生 (id:ichikanjin) が高校生向け古文入門の枕としてなさっていたことの敷衍です。もちろん、89年夏秋当時、高校1年生という(百人一首すら覚束ない)受講者層と、授業時間の兼ね合いから、ここまでは踏み込んでいらっしゃらなかったはず。
だからこそ、僕は、ずっとこのことを考え、整理し続けてきた。
それは、石塚先生曰く(意訳)、
「昔の日本人は、このような時間感覚の微妙な違いを、とても繊細な、語順と、わずかな助詞の用法によって、遣いわけていた。すばらしいじゃないですか。まん’によ’うしゅう」
賀茂真淵と本居宣長が直接に会って話したのは、生涯にただ一度きりだったといいます。そこから宣長は、ちゃんとエッセンスを感じて、受け継いで、忘れないでいて、結実した。えらいなあ、おれ(笑)。
*
昨日かおとついか、英語の恩師K先生のことを記しました。
それだけでは、ちょっと申し訳がたたないと思って。いま、ほんとに、精神も肉体もかつかつで、外貨を稼ぎ、お客様と部下のために、冒頭記したように、清水アキラを、内山田洋前川清(謎の7字熟語)を夜な夜なやるわけです。それで億円の契約を取る仕事です。
つらい。実につらい。あはれである。
しかし、けれど、どうして、かろうじて持ちこたえられているかといえば、それは、古文の種を仕込んでくださった、石塚先生のおかげというのが、多分にあります。どうしてみんな、ビジネスマンが数独には夢中になるのに、古文の品詞分解に夢中にならないのか、僕にはまったく訳がわからない。
*
というわけで、「横浜たそがれ」は、五木ひろしが、誰かわからない人と港近くのラブホテルに入り、一戦を交えた後で「あら、薄暗くなって見分けがつかない。誰かの残り香だけがあります」と嘆く歌ということになります。もしそうだとすれば、それはドラッグのやりすぎか、ラブホテルに入るつもりがピンサロだったか、赤線青線、という話です。「あの人は行って行ってしまった」。お客様はお帰りになったのですね。
*
(せっかくのいい話を)誠に(誠に)申し訳ございません。
*
石塚先生、その節は、ほんとうに、ほんとうにありがとうございました。お酒と落花生、明日2/4にも、つくばの研究室のほうに発送予定です。
(ちなみに、今回の記事のタイトルは、石塚先生(と、お弟子さん?)にのみ、お分かりいただける筆法にしたつもりです。下句、酒と呼ばずにいづみかは、なのでございます。)
どうぞ、ご研究の合間に、お納めください。