illegal function call in 1980s

1980年代のスポーツノンフィクションについてやさぐれる文章を書きはじめました。最近の関心は猫のはなちゃんとくるみちゃんです。

「振られた仕事は断らない」。

山際淳司も確かそんな流儀だった。

より正確には断りを入れようとした海老沢泰久に「エビちゃん、だめだよ。どんな仕事でも受けないと」と窘めたのだという。海老沢は「それで僕は山際さんの教え通りに、どんな仕事を引き受けることにした」と続ける。

引き受ける理由は、老兵だから、関係がよくなることを期待して、〇〇だから...、どれも違う。仕事は、基本的に、断りを入れることなく、頼まれたら快く引き受けるものだ。限界を越えたら? 引き受けすぎに注意?

大丈夫。そんな無茶振りは、いまのチームは誰もやってこないよ。そこを、信じてみるところから、じゃないかな。

blueskyがUbuntu 24.04 LTSで動いたよ。

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installer.sh にこれすると pdsUbuntu 24.04でも動くと思うよ。動いてる☺

elif "${DISTRIB_CODENAME}" == "noble" ; then

  SUPPORTED_OS="true"

  echo "* Detected supported distribution Ubuntu 24.04 LTS"

fi

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https://nekohana.blue/xrpc/_health

Got installed and running on Ubuntu 24.04 LTS with a small workaround · bluesky-social pds · Discussion #67 · GitHub

気まぐれで受けた予備校講師に(高得点で)受かってしまい、気づけばあっという間に人気講師に。若いころは「いやだなあ」と思っていたけど、最近はどこかしら吹っ切れたのか、「我以外皆我師也」。謙虚と感謝の心持ちで事に臨み、人に接していると、落語(家)でいうところの「フラ」が芽生えてきたのかもしれない、技術者(売り方はコンサルタントらしいが)のほうも万事順調――何だろう――老兵は若い人たちの盾、汚れ役になって当然と思う気持ちからか、チームや、より大きな目的のためには、頭を下げることを何とも思わないようになってきた。「おれが頭を下げるのでよければいくらでもやります」。「喋り」がやっぱりちょっと(自己評価でなく。よそ様から見て)面白くなってきたのかもしれない。面白くなった? 肩の力が抜けたのかな。くーちゃんが見守ってくれているおかげです。とはいえ、勝ちのほうに流れていくようでは、文章を読んだり書いたりには到底、覚束ない。篠沢教授のいう「上品な2勝6敗」。たまに忘れたころに横浜から「今年こそ何か書こうと思います」的な賀状をいただくのだが、おれのほうこそ、励まされて、何か書いてもいい頃合いなのかも。別に作家だ小説家だそういう名乗りや肩書はいらない。適当に喋ってそれが面白い。そうでなければ、そもそもは何を書いたところで行きつく先は芸の枯渇、本末転倒ではないかしらん。悲しみや生の苦みを書いたとしたって、面白い(フラ)はある。おれにはまだ足りないけど。くーちゃん推定2015/5/7生まれ。6月下旬に家に来てくれて、不毛と不発と要するに初期更年期障害(鬱のようなものだった)は、ようやく遠のいた。最近の悩みは老眼。これで目が見えなくなったら(本を読む量は減ったとはいえ)「もっと光を」の境地になってしまう。葛飾北斎は当時としては異例の高齢89歳で生を閉じる、その老の衰えの芽出す少々手前まで、旺盛だったという。これには諸説あるが、生の横溢説をおれは採っておきたい。おれは(少なくとも女犯。にょぼんについては)もう何も残っていないよ。衰えて、くーちゃんへの愛だけが残った。これを則天去私と呼ぶか呼ぶまいかは自由。おれについていえばくーちゃんとのことは則天だと思うが去私ではない。我欲我執のさほど容易く去り行くものかは。ひとりでに去っていくものなのだろうが、当人の意志や意思でどうにかなるものではあるまい。

今週のお題「お弁当」

ぶり大根仕込んでさ。

明日のお弁当(のおかずのひとしな)よ。

まいんち弁当作ってる。

前の晩に仕込んで、翌朝4時に起きて。

5時までの間に詰めて、身支度して、職場近くに向かって、喫茶店で資格試験の勉強して、9時から仕事して、お昼にお弁当を食べる。

ほいでね。ホマレ姉さん(id:homare-temujin)。教えておくんなまし。

大根。隠し包丁の代わりに、ふと思って、お箸で半月(5cm切り)の大根1個あたり3か所くらい、穴を開けてみた。お醤油、みりん、日本酒、お砂糖、お水、生姜薄切りで、電気圧力鍋で煮たら、これが思いのほか、いい色に仕上がった(ご覧の通り)。

隠し包丁も箸で穴あけも「なし」だと、こうはいい色に仕上がらないのは、経験から少し知ってるつもり。

どうなんじゃろ。箸で大根に穴あけは、「あり」かいね。

いや、ホマレ姉さんどうしてるかなと思って。お声かけしてみようかなと(笑)。

大した犯罪じゃない。民主主義の根幹は揺らいでいない。ちょっとびっくりしただけよ。執行猶予4年は乗せすぎ。3年でいいだろうよ。ここからが「人生再挑戦(主義)」の本番じゃないの。支援しないの。石投げつけすぎじゃないの。おれは再起の支援をするつもりよ。おれも旧知の弁護士氏も執行猶予3年か4年で読んで賭けをしていた。おれの負け。旧知の弁護士氏に焼き肉を食わせたらなあかん(泣)

twitterで複数の10代、20代の方の闘病記録を見ることがある。

自然に目に入り、目で追ってしまう。

よよん君、いまごろどうしてるかな。

おれはあの話だけは、他の誰にも渡したくなかった。

取材者のエゴだ。

仕事のプロジェクトで叡山近くの方と知り合って「草津も大津もいいところですよね。20年前は月1回2回のペースで通っていたんですよ。諸般の事情で」なんてことを昨日、話した。

日本の近代化は、ミクロ=おれの人生も、総体としてのそれ自体=マクロも、誤りであることは論を俟たない。その痛覚と共に、未来に向かって何かしらを紡ぎ、繋いでいくこと。それ以外に、できることは少ない。

よよん君は先駆者だった。おれはそのことを直覚した。あの日、ベツレヘムの星のようなものをおれは見た。けれど、あの日の星の目撃者の姿形は、もはや探し求めることのできない、ほとんど向こう側にある。久方ぶり、GWに京滋に足を伸ばしてみようかと思う。