illegal function call in 1980s

1980年代のスポーツノンフィクションについてやさぐれる文章を書きはじめました。最近の関心は猫のはなちゃんとくるみちゃんです。

花大根と剣菱

 味の素の"Eat well, Live well"というのは「よく食べ、よく生きる」という意味なのだろうか。というのが第一感。辞書を引けばわかるように"Eat well"は「きちんと食べる」である。そして"Live well"は「裕福に暮らす」あるいは「美食」という意味である。

 「きちんと食べて贅沢を」

 味の素が、この語感を企業アイデンティティに選ぶというのはちょっと考えにくい。"well"は必ずしも日本語で第一義的に通るような倫理的な意味での「よく」ではない。わが国ではむしろ粗食をよしとする。同じ「よく」「よし」でもニュアンスの違いは難しい。そしてこの種の正論が大きな組織で通らないのはよくわかっているつもりだ。ゆえにここに記してみた。

味の素(株)商品情報サイト~Eat Well, Live Well.~AJINOMOTO

 

 味の素で思い出したことがある。

 うちのばあさん(1923生まれ)は料理上手であったが、たまに味の素の力を借りていた。煮物漬物にほんの少々まぶすのである。それ自体が名人芸というほどで、実に巧みであった。

 母親(1949生まれ)は味の素をまず使おうとしなかった。素材と、いわゆる「さしすせそ」と、献立と盛り付けの組み合わせで勝負するタイプだった。

 味の素というのはほんとうにずるい。俺たち孫の世代は日々の仕事に追われて一見手抜きに見える母親の料理よりも、ばあさんの料理を与党安定多数で支持した。実際に上手だったのだから仕方がない。60年代から70年代というのは味の素(グルタミン酸ナトリウム)をめぐって実は議論が百出した時期である。しかしばあさんは「ちょっとなら問題ないのよ」とさりげなく押し切って食卓に乗せた。戦後の貧しい時期にろくな調味料が手に入らず苦労したことを思えば、彼女にとって味の素が魔法の食材に映ったことは想像に難くない。

 戦後に生まれた母親は断固拒否した。ほんとうにごくまれに使ったけれど一種の潔癖さでグルタミン酸ナトリウムの世話になることを拒んだ。

 手にかかった料理はどれも絶品だったと思う。そのことは、東京に出てきてこのかた、世界各地を放浪して十数余年、舌を刺す調味料か、なんだか妙な薄味のオーガニックなんちゃらにしか出会うことができなかったという実感的歴史的事実が裏書きをする。実に他愛もない料理なのだが、蓮根の素揚げとか、ほうれん草と油揚げの煮びたしとかハチミツ珈琲とかが、西暦をまたいで「オレンジページ」に載っているのを見て、あるあるヘーヘー。

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  しかし、俺たちは味の素の加えられた料理のほうをそれとは知らずに(少しは知っていたけれど)支持したのである。なんというか、味の素なしの料理と、ありの料理とを比べて、全体としてのおいしさに魔法をかけられていたのだと思う。おそらく母親はそのことを承知で戦いを挑んだのだ。味覚の批評家としての彼女の腕は確かだった。俺が東京に出るようになって、麻布だとか世田谷深沢だとかのレストランだの小料理屋だのを紹介しても、おそらく彼女の琴線に触れることはなかったろうといまにして思う。喜んではくれたが、それと満足とは違う。

 

 彼女が生まれ育った宇都宮の外れに、どうということのない海の幸を出す店がある。栃木は内陸なので海の幸を味わえる店は少ない。その行きつく先が餃子である。が、それをいい出すと面倒くさいので書かない。ひとことでいえば食材も料理も不毛の地である。

 あるとき、何がきっかけだったか、その店で待ち合わせをする機会があった。新幹線の到着時刻を伝えると、彼女は先に店に入ってつまんでいた。

 剣菱と、しめ鯖と、花大根が好みだった。この3点を出してくれる店はそこしかなかったのである。

 俺が遅れて入って「とりあえずしめ鯖から」といったら、大将が「さすが親子ですね」と笑って剣菱を出してくれた。俺は何のことかわからなかった。剣菱を含んでカウンターを見ると、いい頃合いの剣菱と、京焼の皿に彩られたしめ鯖が並んでいた。「さすがにしめ鯖に京焼はないだろう。もっとこう、粗野な益子焼が似合うと思うんだけど」といったら、「わが子と飲むせっかくの機会だから」と上機嫌の様子であった。ついでに、花大根といえば昨今は銀座の店の名だがそうではない。大根の葉にゆずと昆布をうまいこと和えれば味の素はいらないのである。よくそれでおにぎりを作ってくれた。なんのこっちゃ。


花大根 (はなだいこん) - 銀座/しゃぶしゃぶ [食べログ]

 もっと料理を聞いておけばよかったと思う。訊いても教えてくれなかったとは思うけれど。