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illegal function call in 1980s

1980年代のスポーツノンフィクションについてやさぐれる文章を書きはじめました。最近の関心は猫のはなちゃんとくるみちゃんです。

外伝(1)

よし、話そう。散々まよったが、いまならば、いえる。(気がする)

よよん君のことだ。

あきらめてはいない - illegal function call in 1980s

貴方が忘れない限り、よよんくんは貴方の中で生きている。

2016/10/30 14:01

b.hatena.ne.jp

2002年夏。

病状がいよいよ思わしくなくなって、報せをうけた血液グループ先生は、いてもたってもいられず、入院先の滋賀県立医大病院に向かった。彼女は現役バリバリの医師、というには臨床からずいぶん遠のいていて、手元にあるのは、自分の精神安定剤と、入眠剤だけ。1,000万円は優にあった年収も、貯えも尽きかけて、いまは旦那さんの稼ぎでかろうじて食べている。

拝み倒して、京都までの往復の新幹線のチケットを買ってもらった。

医師とはいえ、赤の他人である。会ったこともない。話したことはあるが、2ちゃんねるでことばを交わしたことを、そう呼べるのかどうか。

それでも、会いたい。会わなければならない。よくわからない。(オーバードーズで頭がもうろうとしているから)

白衣であれば、追い返されることはあるまいと踏んだ。そこはプロの嗅覚である。バッグに詰めて、京都か草津膳所あたりで着替えればいい。

「腐っても、鯛だ」

かなり腐ってはいる。

病棟も、部屋番号もわかっている。

ことが起きてから、よくない(医師法に抵触する)こととは知りながら、主治医に電話をかけて、あれこれと聞き出そうとした。聞き出した。主治医もまた、一般論と断ったうえで、同業者にしか知りえない符丁で、ほのめかしをしてくれる。

2ちゃんねる」の例のスレッドとは別のところで、よよん君と友だちが交流しているサイトにも、顔を出した。友だちには煙たがられたが、それどころではない。

よよん君は、実在する。白血病を患っている。人づてで、「血液グループ先生に会ってみたい」と話していると聞いた。

あたしは、白血病治療のプロだ。へたくそで、みそっかすで、落ちぶれてはいるけれど、プロはプロだ。よよん君が「会いたい」といってくれているのに、行かないでどうする。

*

結果からいえば、血液グループ先生は、よよん君と会うことはできなかった。

会うには会えた。よよん君の顔を見ることは、できた。

よよん君は、眼を閉じて、寝息を立てていた。

「15分ほど前までは、起きていて、『血液グループ先生と会って話がしたい』といっていたんです」

お母さまのことばに、白衣の袖で汗をぬぐいながら、「よよん君のことがいちばんです。また来ますね」と頷いた。「おおきに」と、お母さまはおっしゃった。

*

滋賀県立医大病院の廊下は、思いのほか長い。女子用トイレを探すのが、まずひと苦労だった。着替えをすませ、白衣姿になり、メインの廊下にようやく戻ってきた。血液内科の入院病棟は、そのいちばん奥の廊下の右手突き当りのエレベーターを上ったうえにある。よよん君も、PHS2ちゃんねるにつなぐのに、電波のいいところを探して、ずいぶんと試行錯誤を重ねていた。

足早に、奥へと向かう。

「もしもし」

声をかけられた。

品のいい、おばあさんである。

「少々、おたずねしますが」

白衣の、コミュニケーションに飢えている医師(自称)には、断ることができない。

「どうかされましたか」「いえね、耳鼻科にきたんですが、年寄には場所がわからなくて」

あたしにだってわからないということばを飲み込んで、一緒になって案内図を探し、玄関先まで戻り、血液内科病棟とは反対側に折れる廊下を、手を取って案内した。

「おおきに。優しい先生」

いえ、ちがうんです。私は―。ぺこりと、頭を下げる。

*

腕時計を見た。約束の2時を10分ほどすぎている。よよん君には「医者は、時間を守れないほど間抜けなのよ」。そう話せば、喜んでウェブの日記のネタにしてくれるかしらと、何を話そうかと、うきうきしながら、奥のエスカレーターへと足を急いだ。

*

(今日は、ここまで。すまない)

医者ってさ・・・

無菌の国のナディア