ニャートさんが実に懐と味わいの深いエッセイを書いていらっしゃる。
ブコメを読むと、俺と同じように「ニャートさんのこのような記事{を/も}もっと読みたい」という方が多いようだ。よろこばしい。社会問題を扱う10や15の記事のあいだに今後もこそっと姪ちゃんとのやりとりを忍ばせてほしい。
また、同じころ、トピシュさんの記事も話題を集めた。
私はひとを食ったようなブコメをしたのだが、少なくない方の賛同を得ることができたらしい。
「いい子だと言われるのが辛い」 - 斗比主閲子の姑日記
かわいそうなおまえたちw わたくしなんぞ、いまだにばあさんに「こんなにいい子はいない」っていってもらえたことが宝。生涯の宝。墓参りしてはにまにまする。(船橋市バツ1、43歳ねこさらい)
2017/01/13 09:57
もちろん、いつもながらのトピシュさんの面倒見のよさと、適切な分析とコメントには恐れ入るのみであり、付け加えることがなかったから、ひとつのろけてやろうかと悪心を起こしたわけである。
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そのうえで、4点ほど、記しておきたい。
直接のフィードバックにならない愛情のよさについて
配偶者どうし(0親等)、親子(1親等)は、フィードバックが効きすぎるのである。期待したり、要求したり、顔色をうかがったり、目を向けすぎたり背けたりすることが、いきおい多くなる。
2(祖父母)か、3(おじおば/甥姪)は、その点よい。一般化しすぎているきらいもあるが、親子や配偶者どうしのような直接の利害、直接対決になるよりも、むしろ、傍目八目、緩衝材になってくれたりする。
祖父母、叔父叔母は、責任をとらなくていいのがいい。甘やかしたつけは、親が払ってくれる。払うよりほかにない。むろん親はそのことをわかっているから警戒する。その網をかいくぐるのが、また楽しい。
私のばあい―1
かくいう私にもex姪がいる。exというのは別れたわけではなく元のという意味でもなく、別れた妻の姪である。要は他人だ。とはいえまったくの他人ではない。私は彼女―このブログでは「お嬢」として登場してもらっている―を、別れた妻との付き合いを始めた8歳のころから知っており、ずっと大切に思ってきた。別れた妻とはひどい別れ方をしたのだが、そしてその前後はお嬢とも会わない時間があったのだが、お嬢は心持ちが大変にやさしいので、そのことには触れないでいてくれる。
震災のあと、私はなぜか真っ先にお嬢の安否を思い、連絡を試みた。それは約10年ぶりの連絡と再会だった。私の中ではお嬢は小学生のままでいた。実際には大学卒業を控える歳になっていた。以来、旅行に誘い、はなちゃんのオーナーさんになってもらい、月に2度ほど理由を作っては遊びにきてもらっている。誕生日プレゼントも、クリスマスプレゼントも(大人のそれを)あげた。おいしいごはんを作ったり、連れていったりしている。
きのうは、アップルケーキを作ってさしあげた。
「おいしい」といって、食べてくれた。うれしい。
ときに、別れた妻とのあいだには幸か不幸か子に恵まれなかった。俺の性格からして、もしいたとしたら、気安くは会えなかったろう。
私とお嬢は17の歳の開きがあるから、おそらく私が還暦を迎えるころに、大人のレロレロの集大成をせねばなるまい。きっと、マンションか何かファビュラスなものをプレゼントすることになるだろう。
私のばあい―2
トピシュさんの記事につけたコメントに補足すると、私もまた、実の親の条件付き愛情とその克服にずいぶん苦しめられたクチである。私の場合、赤門大学に合格したことでずいぶん解放された気になった。18歳ではあったが、わが病の根には条件付き愛情があるということに気づいていた。確かめるため、91年、92年当時、大人になる入口で、私は読書と自己分析を重ねた。
同時に、私には生まれてこのかた条件付きでない愛情を注いでくれた人の存在にも気づいていた。ばあさんである。漱石の「坊ちゃん」を読み、シェイクスピアの「ハムレット」(父殺し)を読み進めるとともに、そのことは私の中でしっかりと根を下ろした原理となっていった。
ちなみに、同じころ、ばあさんはアルツハイマーを発症して、世界の輪郭があいまいになり始めていた。けれども、それでもばあさんは見舞いに病院にいくと、いつも引き出しから何かを取り出して、しきりに俺にくれようとした。わりばしの袋や、薬包や、たまに出される甘味…。俺は「ありがとうね」「うんうん」と頷いて、ばあさんに「いないいないばー」をしてやった。ばあさんはにこにこしていた。
そんな俺のことを、父親は苦々しい顔つきでみていた。父親と私との亀裂が決定的になったのは、たとえばそういったことの積み重ねである。
藤沢周平の場合
漱石「坊ちゃん」は、あまりに知られている。せっかくなので、違った作品を紹介したい。藤沢周平「玄鳥」である。
この、何がいいって、ヒロインの路(みち)と、路の家に近しい関係にある兵六との交情である。
山形新聞のこの解題は、しかし、そのことに触れていない。淡い、個人的な交情だからであろう。路には2つほど離れた妹がいる。幼いあるとき、妹は路にいう。「私、兵六さんのお嫁さんになりたい」「どうして」「だって、あの人、おもしろいから」。路はそれをたしなめる。「だめ。年も家柄も違うでしょ」。
だがしかし―ほんとうは、路が兵六のお嫁さんになりたかったのである。路はすでに、家格の高い家から夫をもらい、妻となっている。その、兵六と比べて冷たい、まるで機械のようにおもしろみのない夫との関係は、うまくいっていない。藩政にからんだ少々の事情があって、路と兵六はおそらく今生の、となるであろう別れを前にする。
そのとき、路の脳裏に浮かんだのが、この、おもしろい兵六おじさんとの、淡く心の通い合う、穏やかな日々であった。
願わくは、私も世相に巻き込まれることなく、お嬢にとっての兵六おじさんでいることができるのなら、それに勝る幸せはなかろうものを。
まとめ
そんなわけで、
- われわれはもっとレロレロを推進すべき
であろう。あまりうまくねえな(笑)。何がそんなわけかわからん。俺はこういうのが苦手なんだ。ま、いずれにせよ、こちらからは以上です。どーもすみませんでした。