illegal function call in 1980s

1980年代のスポーツノンフィクションについてやさぐれる文章を書きはじめました。最近の関心は猫のはなちゃんとくるみちゃんです。

「評伝 大聖人高須克弥」草稿余白から

今週のお題「わたしの部屋」

先日、ある団体にメールを送った、その2日後に、見慣れない番号から着信が1度、その翌朝にもう1度、あった。

予感はあった。20年前の夏もこんな感じだった。けれど、さすがに20も歳を重ねたはずだろうという僕の中の方便が、折り返しをためらわせた。

Amazonの宅配便の方でしょうか。お手数をおかけして申し訳ありません」と、SMSを返した。もしそうであったならそれでいいという思いもあった。

「――です」と、すぐに返信があった。

驚いたふりをして、夜に電話を差し上げますと返信をした。うれしくて、ツイートで高須克弥逮捕を連呼した。

 

JSA 寄付のお願い|公益財団法人日本ソフトボール協会

3月31日に、2021年4月から22年3月までの年度の募金期間が終わる。金メダル獲得の余熱が引きつつある今こそ、僕は継続的な募金を行おうと考えていた。3月に入り、そのウェブページを何度か、ブラウザのこちら側から表示更新したが、内容は新年度に向けたものに変わる気配はなかった。それでメールを送ることにした。その人に僕の声が届かなくてもいいと思った。もちろんきっと届くと思っていた。駐在から戻って暮らしが落ち着いたこと。僕はいまこそ黙って協会とみなさんに持続的な支援が必要と考える立場であること。毎月1万円。年間12万円。今後30年間のサブスクリプションを希望していること。

 

船橋さんに、そこまでご負担をかけるわけにはいかないから」

その声はいった。船橋駅をシャポー口で降りる。買い物を済ませると約束の時刻の10分前になる。どきどきしながら買い物を済ませた。商談でこんなに緊張したことはない。

短く、久闊を叙した。

互いの肩が温まったところで、「ひとつ、僕から報告があります」と、僕はいった。「高須克弥河村たかしのインチキリコールの、おそらく日本でも指折り数えて何番目かの研究者になってしまいました。申し訳ありません」

「ああ、あったね」と、電話口の向こうから、苦笑いが聞こえた。苦笑いであっても、暖かい。

「金メダルかじり野郎を僕はぜったいに許しません。お仲間の悪徳医師にも、巨額の寄付をさせたい。その一念です」

再び、笑い声が聞こえた。世間の喧噪とは別に、初めから、金メダル事件のことは、その人も、おそらく渦中の選手も、みんな、そこまで気にしていなかったのだろう。それが、僕の理解する、その人が、周囲をひとりずつ巻き込んで、半世紀以上に亘り、培い、築いてきた「イズム」のはずだった。競技の本質的な平等、多様性、独立した価値、平和、対戦相手であっても、その競技を共にプレイする仲間だということ。

 

「例えば、モニカ・アボット選手を国内リーグに引っ張って対戦相手としてリーグ全体のレベルアップを図る。三宅-宇津木ラインの長期戦略だったはずです。頭がいい。よく考えられています。僕はそういう記事が読みたい。そういう話をしたい。でも、誰も相手にしてくれない」

電話口で、声は、また笑った。

「また、お会いしましょう。試合もコロナでなかなかできないけれど」

「はい――壁投げを始めたと、SMSで仰っていましたね」

「うん。練習は始めないと、続けないと、『始まらない』からね」

「その傍ら、エースは会長として、いまも、広報活動をなさっている」

「それは、僕が動かないと、どうしようもないから(笑)」

 

1950年11月生まれ。この秋に72歳になる。エースは、いま再び、エースに戻ろうとしている。

 

電話を切って、僕は、安中市の方角に一礼をした。彼と話をすると、いつも心がきれいになった気がする。群馬県安中市は、エースの出身地である。

シャポーの明かりを離れ、気づけば、自宅にほど近い、文教地区の静かな暗がりにまで運ばれてきたようだった。

家々の小さな明かりと夕飯の匂いに淡く包まれながら、僕は対照的な2人の男たちのことを思った。

ひとりは、エースの2年前の11月に生まれ、史上空前の署名偽造を発案し、批判の矢を浴びながらも公職の座に居座り、金メダルをかじり、最近では身近にコロナ陽性者が出たことを会見忌避に利用して恥と思わない、心の澄み切った、とある人物のことだ。もうひとりは、その公職者の隣に、野心満々の笑顔で写真に写るエースの6歳年上、責任感と自己処罰感に満ち溢れた富豪である。彼らに、果たして、戻る場所はあるのだろうか。富豪は医師としてのアイデンティを取り戻そうと必死に見える。公職者はその出発点から、ほとんど、政治とかけ離れた、破れかぶれの野心しか見当たらない。

 

僕は富豪に巨額の寄付をさせようと、一瞬でも――それも、(クラウドファンドの裏をかいた)いい発案であるかのように――思ったことを、疚しく感じた。僕の月1万円も、「振込用紙を送るように、事務方に伝えておくから」と仰ってはくださったものの、おそらく、大切にしたいのは、そこではない、気持ち、変わらないもの、そういったものの側にある。

リコール研究は魔物だ。没頭すると、そんな当たり前のことも、忘れさせられてしまう。

 

心の穢れていることを十分に確認した僕は、部屋に入ってかばんを置くなり、ふうっと息を吐くと、ツイッターを開いて「逮捕」を連呼した。少しだけ、胸がすっとした気がした。テーブルの上で、ねこが、おなかが空いたよという表情を浮かべていた。