illegal function call in 1980s

1980年代のスポーツノンフィクションについてやさぐれる文章を書きはじめました。最近の関心は猫のはなちゃんとくるみちゃんです。

男の子はなぜ現れたか / 江國香織「デューク」について

江國香織「デューク」は、亡くなったデュークが男の子に姿を変えて、女の子に「いままでずっと楽しかったよ」と伝えにくる話です(のっけから申し訳ありません)。ただ伝えるだけでなく、デュークが女の子にしてもらってうれしかった具体的なひとつひとつのことを、1日かけて、女の子に返してあげる話です。デュークの「ずっと楽しかった」一生が、クリスマスの2週間前の1日に象徴的に凝縮されて受け渡しされます。

もっとも象徴的なのがプールで女の子の手を引いてすーっとすべらせた光景でしょう。女の子はどちらかといえばきょとんとしている。男の子は廊下をモップのようにすべるデューク時代の遊びが楽しかった。だから、手を引いてあげたのでしょう。

そのような1日の出来事を、いまの若い人たちのことばでいえば「伏線回収」をなぞっていって、ひとつだけわからないことがありました。謎が残ります。

それはなぜ男の子がその日、満員電車で泣きじゃくる女の子の前に、守るように立ってあげたかです。このことは伏線回収がなされていません。

江國香織は次のように物語を紡ぐこともできたはずです。

デュークは、私がまだ子どもだったころ、風の強い冬の日の朝に、街中でくーんと鳴いて困っているところを、私が見つけて持ち帰ってきた仔犬だった。あんまりかわいそうなので1日中抱いていた。父も母も私があまりに仔犬を抱いているものだからかえって何もいわずにいた。翌日、その翌日と、デュークはいつの間にか「うちの子」になった。私は小さいデュークが何をするのでも心配になり、よその大人が「かわいいね」といって手を伸ばそうものなら、駆け寄って、前に立って、頑としてはねのけた。

デュークは、ずっと、私のデュークだった。デュークも私も、どちらも大人になってからも、私のデュークだった。

江國香織はそれをしなかった。させなかったのは、おそらく、父上の江國滋譲りの何かでしょう。女の子には、なぜ、あの日、男の子が自分の前に立ってくれたかを、《終点まで》立ち続けてくれたのか、その意味を、もう一段、大人になる過程で、ふと気づいた(福音の)日があったはずです。それは生命の一回性に関わる話です。生命や暮らしといったものには謎が多く、放置されたままの伏線ばかりであって、何かの拍子に花火のようにかろうじて閃光を放つことの繰り返しということは、一般によく知られています。

「デューク」は、物語にとって肝心ともいえる、冒頭に対する回収を手放すことによって、かえって生命の一回性に近接することに成功している。そんな文芸評論めいたいい方もできるかと思います。江國滋がこのような野暮を嫌うのは重々承知の上で、しかし、野暮を重ねることにのみ可能な足場や足跡もあることを、記しておいてわるくないのではと、いち愛読者として、場違いな冬の花火のように、ふと思った次第です。