illegal function call in 1980s

1980年代のスポーツノンフィクションについてやさぐれる文章を書きはじめました。最近の関心は猫のはなちゃんとくるみちゃんです。

10年前は公私共に311の後始末が暮らしの中心にありました

はてなブログ10周年特別お題「10年で変わったこと・変わらなかったこと

10年前は公私共に311の後始末が暮らしの中心にありました。いま、高須克弥河村たかしの2020年リコールを追いかけています。申し訳ありません、僕は、腰を落とした文学よりも、自分が書いたり考えたりするのであれば、時局にコミットすると元気が出るタイプです。ほんと申し訳ない(笑)。

何に謝っているのかわかりませんが、といいつつ、わかっています。自覚があります。僕が時局にコミットすると元気が出る体質の大本(おおもと)は、腰を落とした文学にあります。それ(腰を落とした文学)がないと、不安でたまらない。かといって、腰を落としたままでいるとそうしている自分自身が癪に障る。誰かに守っていてほしいんです。身勝手ながら。

ずっと見つからないでいました。無理だと思っていた。そう思っていた時期は、自分で、文学なるものと、時局にコミットする部分とを、両手の右と左で、とりもち宜しく、お手玉宜しく、アクロバティックに、ぽろぽろと取りこぼしと嘆息を重ねながら、空を見上げるのが3割、足元を見るのが7割の、人生だったと思います。

いまは、黄金頭さんがいてくれる。それは、僕にとって、というのと同時に、同時代にとっての、効果効能、滋養、地平のバランサーです。このことが評価されるのは、なかなかに難しいように思う。黄金頭さんのうまさというのは、毎回の日記の味のよさは当然、さることながら、その上手さ、味のよさをひけらかすことなく、どちらかというと謙抑的に、読者の手元をすり抜けてしまう。ときに読み手を不安にさせることもある。

goldhead.hatenablog.comけれど深刻にはさせない。3年4年5年と関内関外日記に接してきた読者なら先刻おわかりのように、彼には、生活者としての強度があります。その合わい/淡いの味のよさが、文学的強度です。まず、今日、凡百の書き手には、見られないものです。

病や、経済的なご事情は、もちろん、苦しいことと思います。けれど、それとは別の足元で、黄金頭さんは、案外、しっかりなさっている。

彼はあともう数年すると、いまとはまた違った形で、いまよりもっと、きっと花開く時期が来ます。それまでのつなぎの間に、僕は、できるだけのことをしたい。続けたい。秘策があります。あと10日間で署名を積み上げて必ず法定必要数に達する作戦が、秘密兵器が、ここにあります(高須克弥, 2020/10/16)。ボクは嘘をつかない。全責任はボクが負います。

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