おそらく古い形は、
我が君は千代にましませ/さざれ石の巌となりて苔のむすまで
です。助詞「が」がポイントでして、古語で「AがB」というときにはAにとって(親しい)所有のBという意味です。例えば西行はわかって使っています。
松が根の岩田の岸の夕涼み君があれなとおもほゆるかな
いい歌ですね(西行。玉葉)。Twitterで見つけました。だれか知らんがいい訳ですね。
熊野詣、岩田川の岸辺。夕涼みに君がいてくれたらと、ふと思っています。
— nekohanahime (@nekohanahime) 2018年7月15日
ですので(いろいろと略)、
親しい貴方、どうか長生きなさってくださいね。細かい石が育っていつか遠い先に岩になるという話があります。さらにそこに苔が生えるくらいまでに。
です。「おらが春」なんていうと春との距離がぐっと縮まる。「君がため春の野に出でて」と帝が(まあ実際の作り手は帝じゃないですけれど)「君がため」と「が」を用いるから親愛と親しみが募ります。「私が私の貴方のために」というニュアンスです。
君が代は千代に八千代に(以下略)
これの君が天皇陛下だとします。陛下を「君」(みかど=お方)とお呼びしていい方は限られます。筆頭はお妃様です。
約30年にわたる、陛下の「天皇」としてのお仕事への献身も、あと半年程で一つの区切りの時を迎えます。これまで「全身」と「全霊」双方をもって務めに当たっていらっしゃいましたが、加齢と共に徐々に「全身」をもって、という部分が果たせなくなることをお感じになり、政府と国民にそのお気持ちをお伝えになりました。5月からは皇太子が、陛下のこれまでと変わらず、心を込めてお役を果たしていくことを確信しています。
陛下は御譲位と共に、これまでなさって来た全ての公務から御身を引かれますが、以後もきっと、それまでと変わらず、国と人々のために祈り続けていらっしゃるのではないでしょうか。私も陛下のおそばで、これまで通り国と人々の上によき事を祈りつつ、これから皇太子と皇太子妃が築いてゆく新しい御代の安泰を祈り続けていきたいと思います。
僕にいわせたらお前ら全員不敬です。愛国者も共産主義者も。もちろん僕も。美智子様はずっと変わらぬお立場とおことばで、稀代のハゼ研究の成就なさることを祈念なさっていらっしゃいます。お前らは流し目をくれるだけで読まないでしょうから繰り返し引用します。
陛下は御譲位と共に、これまでなさって来た全ての公務から御身を引かれますが、以後もきっと、それまでと変わらず、国と人々のために祈り続けていらっしゃるのではないでしょうか。私も陛下のおそばで、これまで通り国と人々の上によき事を祈りつつ、これから皇太子と皇太子妃が築いてゆく新しい御代の安泰を祈り続けていきたいと思います。
――君が代は千代に八千代にさざれ石のいわおとなりてこけのむすまで
こうしたご加護があって初めて、そのご加護の元で、民間(たみのあいだ)にバリエーション(俗歌)が生まれます。俗歌が私的な婚姻関係を歌うのに対し、雅歌(美智子様)は、来(きた)る、新しい御代の安泰を祈り続けなさいます。
三木道三 【Lifetime Respect 】レゲエ名曲 - YouTube
Watashi Ga Obasan Ni Nattemo - YouTube
何の不思議もない歌と時代精神の構造を少しお話ししてみたいとふと思いました。だめ押しで申せば、君が代の代/世は元号の代でも立憲君主制でもありません。まずは、帝の――上皇様の――「いち生涯」です。それが例えば漱石が「こころ」で、三島由紀夫が市ヶ谷で殉じた時代精神です。時代が変わったら古い時代の人と精神は滅びるのが道理であります。私は平成の御代とねこ様たちを無事に見送り仰せたら腹を切るつもりです。それでも御代は代々、続く。そこに安心と立命の原理があります。漱石と三島が触れている通りです。