illegal function call in 1980s

1980年代のスポーツノンフィクションについてやさぐれる文章を書きはじめました。最近の関心は猫のはなちゃんとくるみちゃんです。

あとがきに代えて―「しくじった男 田中孝博の260日」予定稿(2021/5/29)

あとがきに代えて―始まりはオグリキャップだった

 

2021年2月初旬に「100万人リコールの会」の不正署名の話が騒がしくなってきたころ、僕はまったく別のことを考えていた。黄金頭さんという僕が同時代で最も敬愛する随筆家、作家の誕生日プレゼントのことである。

 

彼の誕生日は2月22日。僕はプレゼントに馬のぬいぐるみを考えていた。黄金頭さんはぬいぐるみ好きなところがあるようだった。たとえばフルット。その隣りに僕からの馬のぬいぐるみを飾ってもらえたらと願った。

 

そのことをぼんやりと巡らせていた、あれは2月8日のことだったと思う。誕生日まで2週間。通販で手配をするためにはそろそろ本星を決める必要のある日取りだ。

「100万人リコールの会」の請求代表者名のリストをオンラインで眺めていると、ある漢字2文字が目に入ってきた。僕の本拠地である関東では珍しい。だが中京でその2文字を聞けばオールド・ファンなら自ずと浮かぶ馬の姿がある。

 

オグリキャップ。岐阜笠松が育てた稀代の名馬である。詳しいいきさつはその手の本に譲る。ここでの本題はオグリキャップにとって第2代の馬主の名前が佐橋五十雄という一点に尽きる。

佐橋は実業家だが脱税容疑がかけられるなど、1980年代終わりの中央と地方の競馬界と競馬ファンの心を、馬主として以外の部分でも騒がせた。繰り返し用いるならば、オールド・ファンにとって胸にちくりとする痛みを思い出させる名前といっていいと思う。

 

一方、そうは、記してみたものの、僕にとって初めての本格的な勝馬投票券は91年のトウカイテイオーレオダーバンである。だからオグリキャップのことは同時代の実体験としては知らない。僕はオグリキャップほかの少し前の競走馬の物語や数字を、別冊宝島やその周辺の競馬関連の書物で覚えた。古井由吉ももちろんそこに含まれる。

 

90年代半ば過ぎから日本のインターネットは目に見えて普及の度を上げる。

僕が初めてそのオンライン・ショップを見たのは99年の金杯頃だったか。佐橋はいまでいうネット・ビジネスにも早くから目が利き、ぬいぐるみを初めとした競馬グッズの通信販売を行っていた。アバンティーという。ベッコアメアーカイブ・キャッシュを掘るといまでも懐かしい姿を見せてくれる。

 

僕はそのアバンティーの後継ショップがいまでもあるといいなと思い、「100万人リコールの会」の請求代表者名にあった佐橋さんという方のお名前を失礼ながらGoogle検索で叩いてみた。五十雄さんの縁者の方だったらお会いして話を聞いてみたくもあった。

 

今回の調査と分析はすべてそこから始まったのである。僕にとってはまったく予想外の展開だったというほかにない。

 

黄金頭さんが先日4月15日の寄稿記事で「しなやかな知性とオカルト」をテーマに実に彼らしいセンスを刻んでいらした。「100万人リコールの会」の調査と分析で僕が最も頼ったのは、まさにその、自分の中にいつしか置き去りにされてしまった「しなやかな知」を取り戻すことにあった。

 

夜中に僕が分析表を作り試算と論理仮説を組み立てている。ツイッターのタイムラインを眺める。と、黄金頭さんの「お好み焼き。」「#carp」ほかのツイートが目に入ってくる。絶妙なタイミングで。

僕は何ともいえないさわやかな風に吹かれたように感じ、東京湾の西方、横浜の関内関外という街の外れで、夜半、「しなやかな知性」「しなやかな感性」を切実に求め、戦い、敗れ、それでも立ち上がり、また次の戦いに備えて刃を研ぐ人のいることを思った。

 

研ぎと研ぎの合間――それは大切な時間だということは僕にもわかる――に、あるいはいま僕がこうしているように、彼、黄金頭さんも大切な誰かに向けて「少数の者たちへの手紙」を書いているのかもしれない。

 

その黄金頭さんが4月15日の夜遅くに次のようなツイートをしていた。彼がファンだという東京スポーツの記事に寄せたものである。

 

毎レースごとに助平心であの馬この馬の馬券を買っていると、こういう一貫したストーリーは真に身につかない。東スポはいい仕事をした。そして、今こそ別冊宝島競馬読本の復活を。 / “大人気ゲーム「ウマ娘」で話題沸騰中!東スポで振り返るゴールドシップ伝説|東スポnote” https://t.co/G1se9x4pEq

— 黄金頭 (@goldhead) 2021年4月15日

 

多くの人は本筋の「ウマ娘」に着目するだろう。へその曲がっている僕の目は別のフレーズに止まる。そして、このことは本書「しくじった男 田中孝博の260日」のあとがきにどうしても引用しておこうとメモをとった。

「そして、今こそ別冊宝島競馬読本の復活を」の部分である。

 

黄金頭さんはこのツイートをしたとき、自分が読者としてまた「別冊宝島競馬読本」を手に取る日のことを思い浮かべたのではあるまいか。

 

もしそうだとしたら、僕は少し違う感想を持つ。「別冊宝島競馬読本」がこの先、復活したなら、黄金頭さんがいるのはまずもって書き手の側である。それも看板ライターとして。数十年後に思い起こされ、語り継がれる伝説の名文家として。

 

――コロナが退けたら、彼とそんな話がしてみたいと思った。待ち合わせの場所は黄金頭さんのファンにとってはいうまでもないだろう。エドワード・ポッパーの描くナイト・ホークスのカウンターである。

なお、佐橋五十雄さんの足跡は、2011年を最後にそれ以降を僕には見つけることができなかった。

 

2021年5月

日本ダービー前夜

船橋海神🐈💕

 

本記事は「しくじった男 田中孝博の260日」の「あとがきに代えて」の予定稿。カルトの人には見えないインクで書かれている。