民法に取得時効があります。
民法 第162条【所有権の取得時効】 ① 20年間、所有の意思をもって、平穏に、かつ、公然と他人の物を占有した者は、その所有権を取得する。
民法 第162条【所有権の取得時効】 | 司法書士条文学習教材『択一六法』
刑法にも、公訴時効があります。
人を死亡させて、長期20年の懲役・禁錮刑に当たる罪は公訴時効が20年になります。
法定刑ごとの公訴時効一覧と過去の未解決事件一例|刑事事件弁護士ナビ
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私も弁護士ではない士の付く、使っていない資格が2つほどあります。錆びついております。まるで自衛隊か私の股間に生えた竹竿のようです。
それでその、20年というのは、公然占有するにせよ、重い罪を犯して逃げおおせるにせよ、もう落ち着いてしまった社会関係や秩序のほうを重んじるのに十分な、人心の腑に落ちる、期間なのだなと甚く感じ入った遠い記憶があります。私はその、使っていない資格を、ホップ・ステップにして、司法試験か外交官試験を受けようかと思うていた時期もありました。妨げになったのは古典と国語学であります。
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その、悶絶していたころ、本郷の構内で、一升瓶やビールを携えたおねえちゃんが、法文1から3館のあたりを横切り、三四郎池から山上会館を過ぎ、理学部農学部のほうに歩いていくのを、しばしば目撃したのであります。私は酒を研究室まで運ぶのを手伝った。97年頃でした。なんと三河屋さんが勝手口まで運んで置いて帰るようなビールケースが農学部の研究室に進軍していく。私はただ後をついていっただけです。当初はそうでした。しかし、
「よく来るね君は。いつもありがとうね。ここの学生さん?」
教授はそう仰ったので、イケない口でもなかった文学徒の私は、
「はい。法文のほうの院生です」
畑違いの研究室に、いつしか気分転換を名目に、足を運び、ビールを、芋焼酎を、教授がお好きであった「信長の野望」のお手伝いを、勧められるがままに、進んで、行いました。教授は私と同じ阪神ファンで、実直なお人柄に「永遠の青年」と周囲から呼ばれた風貌が相俟って、周りの多くから好かれ、愛されていました。
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亡くなったのはだいぶ前で、その前、離婚してから1年くらいした頃かな(2002夏)、携帯に着信があった。出られるわけなくて出なかったらまたかかってきて、出たら、要領を得ない話の中で、「信長の野望」最新版の攻略が思うようにいかなくて、おれにかけようと思ったって。
— nekohanahime (@nekohanahime) 2020年6月6日
先生が亡くなったのが13年、今日2020年、ようやく書くことができた。ほんとによくしてもらった(こういうときは「いただいた」は用いない)。文学なんてやらなきゃよかった。阪神ファンで、おれもそうと知ると、ドームの券をどこからか手に入れて、研究室で待っていてくれた。
— nekohanahime (@nekohanahime) 2020年6月6日
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2001年5月14日に離婚して19年が過ぎました。私は人生の折節に、「もっとこの人と(/私と)話をしておくのだった」という(先方が思ってくれていた可能性の高い)気持ちに、取り返しのつかないくらい、だいぶ後になってから、ようやく気付く奇病にかかっています。私が「新型トカトントン」ないし「不義理の病」と呼んでいる《それ》は、いよいよ私の左膝に水を溜めはじめるまでになりました。
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20年、あるいは、もう許されていいころという啓示が下りてきたら思って、この小片を書き出したのです。しかし残念なことに、法は最低限の道徳でありました。平穏無事に所有権を得、公訴を免れ得、思い出をわがものとしたところで、かえって、悲しみは増すばかりです。
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美智子様は、新美南吉「でんでんむしのかなしみ」に触れて、次のように仰っています。
そして最後にもう一つ、本への感謝をこめてつけ加えます。読書は、人生の全てが、決して単純でないことを教えてくれました。私たちは、複雑さに耐えて生きていかなければならないということ。人と人との関係においても。国と国との関係においても。
かつて少し別の切り口から触れたことがあります。
高度に訓練された読書はなぜか追想と墓参りに帰着してしまう。相当程度の真理であるはずです。なぜそれらの悲しみをハウツーではなく文学の力によって癒やす先達の書が、今週のベストセラー常連になっていないのでしょうか。つくづく、書物には裏切られた思いです。
かくなる上、もはや、古語辞典のほかに信に足るものはありますまい。