今日、先ほど帰宅したとき、アパートにあと5メートルで差し掛かろうとする下、左側の塀の上でねこ2人が、発情から交尾に移ろうとするポーズをとっていた。
「なるほど」
おれは頬を緩めた。後背位のオスがメスのうなじを噛んでいる。メスはまんざらでもない表情で身を固くしている。1m程度の辺りを見渡せば、好奇と、やはり発情の入り混じった表情で2人の様子を見ているねこが4人ほどいた。
「なるほど」
おれの好奇心が発動した。A walking man of curiosity.
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アパートの下に着いた。やや右斜め上、アパートの出窓を見上げる。ねこ様たちがそこにいる可能性は割と低い。そのことを知っているおれは期待3割で見上げた。いつもの、コンマ1秒の情感と期待と反期待である。
くーちゃんが、興味深そうに、交尾に取り掛かろうとするねこたちのほうを見ていた。おれは慌てた。真下から、1歩引き、2歩引き、3歩引き、「くーちゃん」「くーちゃん」と呼んだ。
くーちゃんは少ししておれに気付き、目を移してくれた。
階段を駆け上がった。上がった先から、出窓を確かめる。「くーちゃん」「くーちゃん」と呼んだ。くーちゃんは目を合わせ、おれのことを認めてくれた。
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アパートの戸を開けると、くーちゃんはすでに窓辺から下りていて、おれの脚元に歩み寄ってきて「ふにゃあ」と鳴いてくれた。おれは胸をなでおろした。
帰宅して1時間が経つ。くーちゃんが窓辺に上る気配はない。よく冷えた床でくつろいでくれている。
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カーテンの隙間から、外をそっと見てみた。ねこのカップルはどこかに姿を消していた。
「幸あれ」とおれはつぶやいた。彼らには済まないと思いつつ、再び、胸をなでおろした。