創作は(後ほど述べる1点を除いては)俺は諦めた。俺の才能と現時点での努力の結晶は批評のほうにある。こんなになるのだったら若いころに福田恆存や柄谷行人や絓秀実に凝るのではなかった。
- 商人倫理(速度、結果、最大利益)と文学(受身、遅延、反利益)の両立は俺の手に余る。俺はチームを守らなければならない。もともといまのチームに引き抜かれて地位を任されたときにこうなることは決まっていた。俺はそのつもりでよよん君の話を仕上げた。悔いはない。文学を自分なりに通過したことは間違っていなかったと思う。一身にして二生を経る(福澤「文明論之概略」)。経済内戦は続いているがだからこそ若い衆の暮らしを守らねばならぬ。いい思いを味あわせてやるのだ。
- よよん君の物語だけは俺は10年内にいま一度記すだろう。まだたどり着けていない山の頂が朧げに見える。よよん君はさらにそのずっと先にいるのかもしれないが。
- 俺は関内方面でどうやら不遇をかこっているらしい某ずったら節氏の才能を健全な批評と物資方面で支えるお手伝いをすることに決めた。申し訳ないが俺は氏の才能だけが物語作家としてはてな界隈で図抜けていると思う。否もちろんそれぞれのブロガーの方にそれぞれのすばらしさがある。それはそれで嘘じゃない。大いに尊敬している。都度スター付けてるぜ。だが小島信夫-森敦、正岡子規(俳句の師匠)-夏目漱石(弟子)、中上健次-柄谷行人のごとく、生涯温め支えきれるのは1人しかいないし、作家がその生を全うするにはその1人がどうしても必要だ。山際淳司に批評は要らない。ずったら師匠には文芸批評方面から支える人が必要なのだ。傲慢な言い方だが俺にはそれが出来る。「が」というのはそのような意味だ。
- アウトプットは「某氏初期作品集」を編集し解題を記すことである。2020年を当面の目標としたい。エッセイ(どれも上手いから選定に困る)と、「わいせつ石こうの村」で構成される。いずれクラウドファンドを行うつもりだ。集めたものは基本的に全額氏に手渡し出版費用は俺が持つ。その費用捻出のために是非とも今から職権を最大限に濫用し業者との癒着を心がけたい。
このような通りをせっせとずったらずったら歩いて行くらしい。
このような場所柄であるらしい。
駅を降り立ってみる。
天岩戸か!
ストーカーじゃないぜw 先日「横濱ジャズプロムナード」に足を運んだときに「ふむー」となったのだ。そのときの写真だ。それにこのあたりは(特に本牧界隈)山際淳司作品の舞台として研究者なら実地に歩いておくべき場所柄なのである。勝手ながら実に不思議な機縁を感じた。
それにしても関内というのは都市と近郊、モダンとプレモダン、重層的で狂気を誘ういかがわしい街だった。これはやばい。作家の生息域を知ることは批評にはとりわけ重要である。
ちなみに、湾の向こう船橋に俺がいる。必要ならいつでも呼んでくれ。
やっと、本を読むこと、物語を書くことを通じて見つけた友人だ。俺にはずっと、いなかった。まずは、生きていてくれれば、それでいいんだぜ。