illegal function call in 1980s

1980年代のスポーツノンフィクションについてやさぐれる文章を書きはじめました。最近の関心は猫のはなちゃんとくるみちゃんです。

くち直しおとなのこひのはなし也(文屋康秀名誉回復之巻)

少し口直しに。大人の恋の話でも。

*

文屋康秀三河掾(じょう。律令制の4官「かみ/すけ/じょう/さかん」の下から2つめ。係長待遇)を命じられて(865頃。35歳くらいだろうか)その出立の前にかつての恋人、小野小町に手紙を贈る。

文屋康秀三河掾になりて、「県見には、え出で立たじや」と言ひやれりける

このたびの三河の任地の下見に(私と共に)行くわけにはまいりませんか。

  • え~じ、で禁止、不可能の意味。わが意ではどうにもならない含み。これに疑問係助詞「や」が加わる。「さすがにどうにもなりませんか」。言ひやる、は書いてよこす。

返事によめる

その返しに、かつて恋人の間柄だったとされる小野小町が詠った。

わびぬれば身をうき草の根を絶えて誘ふ水あらばいなんとぞ思ふ

  • わぶ:困り果てる
  • ぬ:持続態。すっかり~し切る
  • れば:~なので
  • うき草:浮きと憂き(世)の掛詞
  • あらば:あるのなら(ば)
  • いなむ:ナ行変格活用動詞「往ぬ」未然形+意志助動詞「む」終止形。行ってしまいましょう。

すっかり落ちぶれて、どのみち浮き世、根なしの暮らしでございますから、貴方がお誘いの水を向けてくださるのでしたら、この憂き草を断ち切って、ついていきたい気持ちです。

*

この文屋康秀、実は百人一首でかえって損をしているくちで、

吹くからに秋の草木のしおるればむべ山風を嵐といふらむ

 訳さないよ。

正直、口触りはいいが、見るべきところの少ない歌だ。なぜこれが撰ばれたのかと俺は訝しむ。生涯、下級役人だったからか。紀貫之が手厳しい。

文屋康秀 - Wikipedia

古今和歌集』仮名序「詞はたくみにて、そのさま身におはず、いはば商人のよき衣着たらんがごとし」

技術は見るべきところがあるが中身がついてきていない(身におふ=負う。内実を伴う)。まるで商売人が上辺だけ、いい着物を着ているようだ。

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そうかもしれないね。小野小町を絶賛した貫之がいうのだからそうなのだろう。さすがに悪い例として「むべ山風を」を撰ぶとは俺には思えないんだけどね。でもちょっと意地の悪さが感じられる。

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そう、俺はそのこと(文屋評)がいいたいわけじゃないんだ。むしろ彼の名誉のために筆を執った。

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彼は小町に戯れを装って「一緒に行きませんか。来てくれませんか」と投げかける。無論、答えは決まっている。ふたりとも、わかってる。だが、文屋の野郎は、万が一、小町が来るといったら迎える用意があったのではなかろうか。

うだつの上がらない下級官僚だ。実際、生涯そうだった。それでも、三河まで落ち延びれば、さすがに京の口さがない連中の声や耳は届くまい。いまなら、その暮らしを、用意してやれる。

だが、しかし。相手は色衰えたりとはいえど小野小町。むかし付き合えたのが奇跡というもの。いま改めて敵う相手じゃない。どうする。

小野小町のイラスト | かわいいフリー素材集 いらすとや

案の定、小町のほうが一枚も二枚も上手だった。もう、訳さないからね。

「(もう、貴方と付き合っていたころの私じゃないの。その気になってしまうじゃない)お世辞でも、気にかけてくれて。どうぞ、お元気で」

翻って、康秀、言いよこしたとされる歌の残っていないのが惜しまれる、しかし、

「もう、遅いかもしれない。それでも(貴方のことが好きでした)」

*

くち直しおとなのこひのはなし也。どっかに、ないのかね。こういうの。ああいうのじゃなくて。プンスカ

*

追伸:忘れていた。申し訳ござらん。

yutoma233.hatenablog.com

小野さんが、

あの時手を伸ばしていたら、何かが変わったんだろうか?と時折考える。

優しさに、相当胸がときめいた。

と、書いていらっしゃったのに、思わず触発されたのでございました。

つまり小町まで一本道なのでございます。