illegal function call in 1980s

1980年代のスポーツノンフィクションについてやさぐれる文章を書きはじめました。最近の関心は猫のはなちゃんとくるみちゃんです。

萩と月

万葉集でもっとも数多く歌われた植物が何かご存じですか。

ある時期まで僕は梅だと思っていました。桜が日本の花のような位置づけになるのは平安以降で、それ以前は日本の花は梅(むめ)でした。だから万葉では梅が一番と思いがちですが、違います。

萩です。

萩/桔梗/葛/藤袴/女郎花/尾花/撫子(秋の七草

allabout.co.jp

これ、覚えにくいですよね(春の七草比)。でも花の並びは春よりも艶やかです。その筆頭が萩です。萩の語源は「生え芽(き)」。マメ科の植物であることがポイントで、マメ科は根に根粒菌を住まわせていて、彼らは空気中の窒素を肥料に変えることができます。だから、土地が痩せていてもわりとどこでも生きていける。勢い、日本のどこでも、あのマメの面影を残した葉と、うす紫の花を楽しむことができるというわけです。

万葉集の収録歌は約4,500首。これは国文に進まなくても文系の受験生の常識ですね。その中で植物が読み込まれたのは1/3の約1,500首。ここまでも、まあ一般的な知識です。

さらに、萩が読まれたのがその1/10弱の140首。梅が120首だったかな。万葉の時代の人は、山萩の枝を髪飾りに用いたそうです。

我が背子が/かざしの萩に/置く露を/さやかに見よと/月は照るらし 

(詠み人しらず/万葉集2225)

背子とは女性が親しい男性に向ける言葉です。夫か、自慢の兄か弟君が、萩の簪を挿して隣を歩いている。おそらく、夜歩きの途中で枝を手折ったのでしょう。そこには夜露が下りていた。でも、彼は気づかないで挿した。

そこで月が顔を出すわけです。「私が照らしてあげたからね。これならはっきり見えるでしょう。いま見ておかないと(夜露も、月も)消えちゃうからね」

きれいなお月様は、ひょっとして、私にそう伝えたいのかしら。

僕にとって、万葉の萩と聞いて思い浮かぶのがこの歌です。背子の解釈、夫か兄弟かどちらでもとれるところですが、通説は夫です。まあそうでしょうね。どっちでもいいです。そんなことより、この歌は技巧は用いられていないですが、すべての句にきれいな単語がバランスよく配置されている。「背子」「萩」「露」「さやか」「月」。

万葉人の、飾らないバランス感覚が見事です。こういうのを身につけたい。

身近でありながら、どちらかといえば地味な萩の観光大使を、万葉の力を借りて、少しだけ務めてみました。

NHKテキスト 趣味の園芸 2015年 10 月号 [雑誌]

NHKテキスト 趣味の園芸 2015年 10 月号 [雑誌]

 

今回の萩の話題は、「趣味の園芸」2015年10月号で田中修先生も紹介していらっしゃいます。この記事の根粒菌の件(くだり)は、その受け売りです。