illegal function call in 1980s

1980年代のスポーツノンフィクションについてやさぐれる文章を書きはじめました。最近の関心は猫のはなちゃんとくるみちゃんです。

おれのくーちゃん

外が異様に暑くて身に危険が迫るというので今日は在宅リモート。くーちゃんはおれのPCデスクの右手、窓際の風を通してある敷布の上でお休みと、たまに床に降りてきての涼みを繰り返している。おれがいないときも、きっとこんな感じなのだろう。くーちゃんは…

おれの中の隼の七

おれもずいぶん酒、賭けごと、女と(*)やってきた。色町に名の通るほど馳せてはいない。むしろ逆にいつか落ち着くところを長く求めてきた。だがいったん足を踏み外し、時機を逸すると、戻るあてのないのがこの世界の味なのかもしれない。7年前の夏におれはも…

おれのくーちゃん

仕事場で廊下を歩いているときに、「おれのくーちゃんはおれの中にいてくれる」「いてくれて本当によかった」という思いが、「不意に」と書けば、いかにもエッセイらしいのだろうけれど、おれの場合はくーちゃんのことが大好きなので「常に」「絶えず」共に…

盆栽マン(*'▽')

誤解であります。頭はよくない。強いのだと思います。ものごとはすべて、アトミックな要素に分解ができて、身に付くものなら、それはひとつひとつが要素技術です。その意味で5教科6科目をセンター試験まで引っ張り上げて、維持し、あとは応用。どちらかとい…

おれと益子焼

僕が子供のころはマグカップなんていう洒落たいい方はなかったですね。1980年過ぎのGWの陶器市で共販センターだったと思います。買ったのは、厚手のホットミルクを入れる用の、ぽってりとした取っ手付きの器です。姿かたちは、これに近い。 www.keyuca.com釉…

おれのくーちゃん

僕がすっかり立ち直ったなら、くーちゃんはそのことを察して、一段落と思うかもしれません。優しくて察しのいい、くーちゃんです。僕がだらだらと立ち直らなければ、くーちゃんは、僕を見守り続けてくれるでしょう。

おれのくーちゃん

おいしい。コーンクリームシチューに、行者にんにく少々と、心持ち多めのゴーヤ。staubで、灰汁とりにクッキングペーパーで落し蓋。付け合わせに、いわしの酢炊き、汁物はキムチの下味で野菜を煮て、味噌を少量。納豆(自家製)を出し忘れた。 器は波佐見と美…

米沢藩遠山村ヒデヨさんのお手紙

大変に心に響くものがありまして、自民党のインチキ保守の連中が喜びそうな説話にして訳すのは心苦しいのですが、こういう手紙が読めるという感激が優りますものですから、小泉純一郎に、今後、二度と、曖昧な精神で米百俵などと抜かさせまい、高須克弥逮捕…

ホマレ姉さんにご相談です

ホマレ姉さん(id:homare-temujin)にご相談です。すみません、遅い時間帯に。ちなみに「ご相談」の「ご」は、相談を持ち掛けるのが自分でも、授受を伴う際に、動詞に敬語を添えると、相手方への敬意になるという用法です。案外、知られていない。説明にも困る…

男の子はなぜ現れたか / 江國香織「デューク」について

江國香織「デューク」は、亡くなったデュークが男の子に姿を変えて、女の子に「いままでずっと楽しかったよ」と伝えにくる話です(のっけから申し訳ありません)。ただ伝えるだけでなく、デュークが女の子にしてもらってうれしかった具体的なひとつひとつのこ…

受かりたいといわれたら

TOEICと東京医科歯科対策のオンライン授業を(高時給で)やっております。始めました。日本の近代化は総体として誤りです。しかしながら、「受かりたい」「何とかしていただけないでしょうか」といわれたら、そりゃ何とかします。できるだけのことをします。 …

おれのくーちゃん

おれのくーちゃんは換毛やいわゆる発情期になると、少し、鳴き方や挙措が変わったかなと感じられるときがある。不安定になるというか、いつもと、少し違う。そういうときに、しっかり、安定していてあげたい、あげなきゃなと思う。それは20年前、別れた妻に…

おれのゆで小豆

staubで小豆を茹でて餡を練った。 これが信じられないくらいに甘くてうまい。砂糖の分量は世に流布されるグラム数から3割方、減らした。それでもこんなに入れるのかとおっかなびっくりしながら入れて溶かした。夕べ、冷える前に味見をしたときにはさほどでも…

おれのくーちゃん

毎日の食(の準備)をアウトソースして、浮いた時間を(も)動員し、何かしらの社会的な成功を収めようという発想が誤りのもとです。 具材が手に入る距離にあり、いつでも自分で、作って食べられる。もりもり食べる。頭の回転がよくなります。そうした基本的な原…

栗といつまでも

いつものシャポー/澤光青果/イトーヨーカドーとは違ってたまには少し遠くに足を伸ばしてみた。伸ばしたとはいっても船橋中央図書館と同じ建物(!)でここは日ごろの散歩圏内。ヤマイチさん。外回り営業の途中で「そういえばここにもスーパーがあった」と入って…

おれのくーちゃん

仕事を早回しで片付けて、商談を船橋寄りに集めて、少し遅いお昼に、くーちゃんに会いに戻ってきた。去年の9月10が月から、ほとんどくーちゃんとは日がな一緒にいた。「日がな」というのは「さも1日中そうだったかのように見えて」(実際には定かでない)とい…

ハルサメとは何か

id:wattoさんのツイートから来ました。 「小雨」「氷雨」の「雨」はなんで「サメ」と読むのだろう。 - 爽風上々のブログ 大変に面白い。大好きです。ワタクシいまさらですが学位はありませんが高校時代を含めると30+年、品詞分解を在野の好事家として研究し…

「君が代」古形に就きて

おそらく古い形は、 我が君は千代にましませ/さざれ石の巌となりて苔のむすまで です。助詞「が」がポイントでして、古語で「AがB」というときにはAにとって(親しい)所有のBという意味です。例えば西行はわかって使っています。 松が根の岩田の岸の夕涼み君…

有明の月を待ち出でつるかな

こちらは、素性法師です。 今来むと言ひしばかりに長月の有明の月を待ち出でつるかな これも非常にいい歌です。前回の「有明のつれなく見えし別れより」との対で見ても面白い。 今来むと:「む」は意志。「と」は引用。今はこの場合「いますぐ」「もう間もな…

暁ばかり憂きものはなし

追記:旧暦26日頃の月が「有明の月」「暁月」と呼ばれます。壬生忠峯が袖にされた(つらい別れのあった)のは(何月かは判りませんが)下旬、26日前後であることがわかります。 * 壬生忠峯(860?-920?)に、有名な、 有明のつれなく見えし別れより暁ばかり憂きもの…

都会では政治化する若者が増えている

都会では政治化する若者が増えている。それよりも問題は明日のご飯。サツマイモが高い。行かなくちゃ。シャポー船橋に行かなくちゃ。ヨーカドーにも行かなくちゃ。雨に濡れ。冷たい豆苗が今日も冷蔵庫の中にある。黄身をことこと煮たいな。灌漑は偉大。それ…

すばらしい閉会式でした

すばらしい閉会式でした。 www.youtube.com2021/8/8 船橋海神

アイデンティティを問うということ

はてなインターネット文学賞「わたしとインターネット」 (黄金頭さんを推薦する趣旨です。僕ではありません。推薦作品は当然の――) わいせつ石こうの村(黄金頭) - カクヨム * アイデンティティを――近現代の日本の知識層にあって――問うということは、本質的…

おれのくーちゃん

家庭菜園をやりたい。ベランダを片付けた。プランターをきれいにした。割れはない。スコップも如雨露(じょうろ)もある。鉢底石も、ネットもある。初心者――初心者だ。ものごころの付く前の3歳ころから、中央集権に知力体力時の運を吸い取られる端緒となる6歳…

おれのくーちゃん

仲直りの反対は、仲違いです。直るー違(たが)う、で対をなします。 くーちゃんがクーラー(エアコン)本体の上に乗ってしまったので、「くーちゃん、いけません」とメッセージを発したのですが、当然、くーちゃんはご機嫌斜め、不承不承、納得せずに、クーラー…

おれのくーちゃん

ベッドの上に、くーちゃんが気に入って、よく背を伸ばして横になっている(横になることを覚えた)ので、段ボールが2枚、敷いてある。それは横になったときの僕の脚の置かれる場所に位置するのだが、僕が寝ているとくーちゃんが(いつの間にか)やってきて寝るの…

高須克弥がアピールする副作用について(薬剤は(訂)ゲムシタビンかな)「点と線」第64回

(6/6, 19:45追記)ご指摘いただきました。id:Keisan6798 さん、ありがとうございます! ゲムシタビンと思われます 使用しているWebサイトが日経メディカルの処方薬事典ではないか 非浸潤性膀胱癌についても膀胱内注入療法として 限定的ではあるがエビデンスの…

クラウドファンドなしで成立します「点と線」第53回

おはようございます。「点と線」第53回です。今回は本質的には話題1つだけ。 クラウドファンドなしで成立します。この図は比較的長く温めていておかしいなと思っていたのですが、田中孝博さんの「4億引っ張るつもりが2億円の宝くじ」ご発言によりこうだろう…

黄金頭さんの「女」について

何を引用しても、論旨も、結論も、変わりません。 「女」について - 関内関外日記 nekohanahime on Twitter: "ちょうど同じことをつらつらと思っていまして(専属文芸評論家として)、「ロベルト・ペタジーニやね。すきすきー」って、ひみつノートに温めていま…

「させていただく」を敬語の衣とタテヨコで分解してみる

「させていただく」には僕もかなりの――解釈上の――こだわりを持っています。高校古文を15歳で習い始め、以後、品詞分解と敬語には現代日本の共通語と、できれば平安以前の古語とを架橋したいと思って、日本におそらく1人しかいない「品詞分解士」を自称して参…