illegal function call in 1980s

1980年代のスポーツノンフィクションについてやさぐれる文章を書きはじめました。最近の関心は猫のはなちゃんとくるみちゃんです。

「復活の日」準備日記#0039 おれのくーちゃん

ずーっと、つかず離れずで、眠ったり、ふにゃふにゃ歩いてきてくれたりしています。

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ちょうどいい具合にカーテンがかかって目隠しと陰を作り、くーちゃんはふかふかさんに沈み込んで、だからこれは下から角度をつけて写真をとりました。

窓はストッパー付きで外気の取り入れ用に数センチ開けてあり、ちょうどいい、風の通り道になっているみたいです。

「復活の日」準備日記#0038 お墓参りの前日記

お墓参りの前日です。

dk4130523.hatenablog.com

 このツイートは黄金頭さんのこのたびの記事上梓に呼応したものです。

goldhead.hatenablog.com

袖振り合うも他生の縁と申します。折りに触れ、思い出していただけたら幸いです。

「復活の日」準備日記#0037 頑張らないで生きる

kakoさん(id:kozikokozirou)のツイートに深く宇奈月温泉郷。

生老病死に対して、「頑張らない」。ではどうしたらいいかと返されると分からないのですが、頑張らないんです。頑張ることを、他人にはもちろん、まず自分に、求めない。それでも他人から求められたら、あるいは、自分で自分に求めそうになったら、どうしたらいい?

実はそれが、僕の、よよん君の物語のメインテーマです。よよん君の、病気と付き合う、基本的な姿勢であったといってもいいと思います。お母様が、すごかった。

https://kakuyomu.jp/works/1177354054886329995/episodes/1177354054886330013

ここは、実は、めちゃくちゃ力入れて書いたんです(お読みにならなくていいですよ。僕が、自分のために書いてとっておいた物語だから)。いま読んでも、「おれ、いいこと書いてる」「がちがちに力入ってるなあ」と思います。

*

で、どうしたらいいかの答え。

インターネットに来るんです。インターネット、知ってます?

匿名で、思っていること何でも書いていいらしい。

そうすると、どこかの知らない人が手紙を書いてくれて、郵便配達人が、その手紙を届けてくれる。競馬とカープ戦の休みの日に。

場合によっては、どこかの見ず知らずのお医者さんが、セカンド・オピニオンに来てくれる。過去に1回だけ、そんな奇跡のようなことがあったと、だれかが話していたのを聞きました。

ひたすら少数の者のために手紙を書くがいい - 関内関外日記

www.coolkagawa.jp

「復活の日」準備日記#0036 おれのくーちゃん

くーちゃんは窓辺が好き。

風通しのために(ストッパーをかけて)数センチほど窓を開けている。

その風の通り道がくーちゃんは前から好きな様子でたびたび近くで憩いをとっていた。

だから下僕はカーテンを目隠しにして、衣装ケースの上にダンボールを、そのダンボールをブランケットで二重に覆い、その上をさらに別のブランケットでもう二重仕立てにした。下僕のPCデスクのすぐ右手にある。

思えばまだ小さいさんだったころから、くーちゃんはこの場所が好きだった。

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*

作戦は当たった。

くーちゃんは1日の多くの時間をここで眠って過ごす。

くーちゃんは僕がそばにいることを好む。けれど見えることは要しない。

カーテンに覆われて、気配だけ感じていたい。

そう、なるように育てたわけではないけれど、くーちゃんは僕の好きな距離感を、知っているかのようだ。

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*

けれどそこは人気の場所。

みーちゃんとの奪い合いになる。

みーちゃんはどちらかといえば我がはっきりしていて、絶えず自分がこのなわばりで一番であることを確かめにくる。

くーちゃんは、そんなときは身を引きがち。

みーちゃんが窓辺を専有しているとき、くーちゃんは、別の、僕のそばにいる。

何かを訴えるのでもなく、自分が一番であることを声高に確かめたり、主張したりもしない。ただ、じっと、自分の番が来るのを待っているように。

*

そこで下僕は一計を案じた。

くーちゃんに窓辺の特等席を、優先的に専有させたい。

隣にはかごがあり、みーちゃんは身体つきが小ぶりだから、かごにわりとよく入る。そして満足している。みーちゃんは、くーちゃんの、そばにもいたい。

かごの中の布地を整え、収まり心地を前よりも少しだけよくしてみた。

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うまくいったみたいだ。

*

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おれのくーちゃん。😺💕

おれのみーちゃん。😺💕

(はなちゃんは、もうひとつの窓辺でおやすみ中です。)😺💕

「復活の日」準備日記#0035 弟氏のこと

仮に、私のところ=家=名字のイニシャルをAとします。A家は地元では3代名の通った秀才の家系であります。母方の爺が旧制足利から京都、その娘=おれのおふくろが東京教育、その子おとこのこ3人が上から東京、東北、京都です。おれ長男。バッチグーです。ま、上ふたりはいまメンタルやってるけどな。下は広告代理店でドラム叩いてます。この「で」はおかしいな少々。

*

Aさんのところの秀才兄弟にひとり天才に近いのが混ざっていて、中の子です。おれのひとつ下の年子。なんというか幼少からカリスマがあり、なになに長、みたいなのずっとやってて、スポーツも全国大会に出ておった。

だれの目にも、上のお兄ちゃん(おれ)よりもすごいんじゃない的な発話が自然に漏れる、そんな弟でした。自慢の弟ですよ。すごいんだもん。日常の行動も会話もロジックがひゅんひゅん飛躍する。半村良筒井康隆が大好きで、トールキン安田均なんかも早々にクリアしてました。おれが山際淳司読んでる間に。くっそー。

学業という名の勉強だけ、しなかった。「意義が見いだせない」とかいっていた。おにいちゃんは俗人だから東大で大満足しちゃう。それを1個下で見てたら、思うところもあるでしょうに、と気づいたのはずーっと後になってからの話。

あまりに勉強しないで、「古文(やる)意味わからん」「歴史はケルト信長の野望と戦国策以外は興味もてない」「ずっとゴルゴ13読んでいたい」とかいうので、おれもカチンときて、あるとき、とくとくと、一緒に東大行こうぜと口説いたわけです。

そしたら、しばらくうつむいて、黙って、そのまま泣いちゃった。おれが泣かせたんだけど。おれが17で弟が16のとき。

*

こないだ、親父がいよいよ朽ち果てそうというので、電話でしばらくぶりに話して。その前に、このことだけは避けて通れないと思い、テキストチャットで、「本題の前に話して、謝らないといけないことがある」と口火を切ったわい。「何?」と返してきたので、わしは「あのときは、気持ちも考えないで、すまなかった。ごめんね」と打った。

妙に静かな間があって、「あのときとは?」と返される予感と、先刻了解の上で華麗にスルーを決められる予感の両方があった。後者だろうなと思って身構えたら、後者でした。

「ああ、よく覚えてるねしかし」

「拙者、塾予備校業界で生徒さんを見る際には、片時たりとも忘れたことがござらん」

そしたら弟氏(45)、

弟「親父も、いよいよだね」

兄「ああ。長い、長かったね」

弟「おれ、株でxxxx万円溶かしちゃって」

兄「マジか?」

弟「沢木耕太郎の『鼠たちの祭り』、あれ、勝ち方書いてないんだよなあ」

兄「自己破産とか?」

弟「いや、まだそこまでは」

相変わらず、おれの会話の穂の継ぎ方というのは、直線的で、筋をなぞるようであり、なぞっているようでいて、肝心のその奥に耳を傾けようとしない。親父の、だめなところに瓜二つ。弟は、だからモテたよ。

*

その、黙って、持ち分、才能を、全き肯定するということ。口を挟まず、指導的言質に身を寄せずに、ただ、そのまま、信じること。「自分のことは、自分でちゃんとわかっているから」と、弟君(17)は、いった。おれのように、無芸無粋に、立身出世を目指さなくても、収まるべきところに収まって、生きていける。

ばかりか、実際のところ、むしろおれのほうが、見守られている。気づいたのは、30も半ばを過ぎてからのこと。

*

そんなわけで、ミーハーかつ中央集権体質である上の兄(おれ氏)は、学校で指されるのが大好き。すきすきー😺💕早生まれゆえに、最初の数年は辛かった。けれど、コツを掴んでしまえば、初めの荒波さえ乗り越えてしまえば、勝ちながら、勝てる「型」が身になじんでくる。いまでこそ、いやらしい身振り(原文ママ)世過ぎとは思うものの、3月末に生まれた田舎の子が、街中の進学校で生き抜くには、差し当たって、他の方法がなかった。

だれも教えてくれないから―長兄は、まず荒れ地に踏み入って、焼き畑をするところから始めねばならんのだ。

対して弟氏は、学校で当てられるのが、うっとおしくて仕方がなかったと、後に話してくれた。「何で、教師の加点に協力しないといけないの?」「生徒会も、部長も、おれを選んだ全員の責任だ。おれはおれを選んでいない」

*

いつもの流儀で、突然、黄金頭さんの話をするのだけれどね、黄金頭さんは、おれにとって、ブンガク方面の、とっても出来のいい、弟のように思っているところがある。もちろん、おれの片思いよ。で、おれは個人史から学んだわけだ。また、黄金頭さんの才能が、おれをそう示唆するものでもある。

《この人のことは、口説いたり、仕向けたり、したらあかん》

とにかく、声に語りに、耳を傾け、完き肯定をすること。しなくても大丈夫なんだけどね。禁欲しつつ、余計なことを書いておきたくなるもまた、自称文芸批評家の性分。いや、あの、今回の記事を書く、筆をとるまでは、今回の Books&Apps 寄稿記事のよさをそこそこ腑分けして、きちんとお取り置きするような内容で行こうかと思ったわけです。

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でも、それは不誠実。無粋の極み。アニキ-スプレイニング。

ともあれ、こうして、昔のことを、思い出して、自分のだめさ加減を繰り返し確かめる、その卓越した語りによる解毒作用が、今後もメジャーな媒体で発揮されんことを、祈ったり、祈らなかったり―自分のことばで、そのことは書き記しておきたいと、天地神明森羅万象花田虎上、まさしくそう思ったのであります。

「復活の日」準備日記#0034 10月2日フライトとりました日帰り

10月2日フライトとりました日帰りです。現地1泊は何かと厳しいかな。

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船橋(4:50)→羽田(6:00着)(7:00発)→伊丹(8:05着)(→六地蔵)

西陣/猫寺(11:30-13:00)

→(どの辺立ち寄るかはこれから検討)

→伊丹(17:00着)(18:00発)→羽田(19:15着)→船橋(20:30)

です。

先日、ホマレ姉さんから鋭いコメントをいただきました。この、墓参りは僕の生涯のテーマです。不思議なんですけどね。「よよん君」「血液グループ先生」というふたりの個性とお人柄を、わが内なるものとして温め、光を当てていると、世界、とりわけインターネット世界、あるいは本の世界の見え方が、僕の中で1本通るというか、ぶれないというか。

それに、書き継いでいると、わずかなりとも、腕が上がる気がするんです。自分の中の《いい声》を見つけて、取り出しやすくなってきています。

僕には、特別な物語です。いま、少しまとまったお休みをとっています。書いたり、書かなかったり、しています。その、生きている感謝を、伝えに行く感じです。その意味では、伝え続ける役割は基本的にこれからも僕だろうし、ライフワークとして仰せつかっている、天命といったら大げさですが、栃木の片田舎に棲息する、ただの本好きでしかなかった僕が、それまで滋賀草津、大津三井寺西陣にまるで縁のなかった、2003年2004年当時、若気の至りで通っておいてよかったなと思います。

それは、ホマレ姉さんとお知り合いになったこともそうです(きっかけはトリスペさん=最近記事書いてない?=のグルメブログ)。wattoさんとも、黄金頭さんとも、そうです。もちろん、オンラインでひとことふたこと接点があるに過ぎないみなさんも、そうです。

「そう」というのはつまり、2002年2月20日の午後2時半過ぎに、よよん君は、よくぞスレッドを立ててくれた。まったく、しれっと、無防備に、無茶をして。世界が、大きくあのとき開いたんです。そのことを、僕たちは―僕だけではない―《忘れないよ》と、誓った。その、《仮想人生》の、放っておくと閉じてしまうかもしれない、淡い線の先を、ここでまた僕たちは、というのが不遜でしたら、せめて僕は、閉ざすことなく、白線を引き続けたい。

畳をめくったら、異世界に通じていた。2ちゃんねるは、はてなは、僕にとって文字通りそんな高輪ゲです。その扉が、閉じないようにする努力、営みは、ひょっとしたら、可能かもしれません。

仮想人生

仮想人生

 

はあちゅうさん。仮想人生だなんて、軽々しい意味で貴女が使っていいことばではないのです。同じことは、古市憲寿の「平成くん、さようなら」にもいえます。平成の時代精神に、さよならをするのはまだ早すぎます。

「復活の日」準備日記#0033 エドワード・ホッパーの Nighthawks 解題について

黄金頭さんは、エドワード・ホッパーが好きなのね。すごい、いいですよね。ふたりとも。

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Nighthawks seems to be the way I think of a night street. I didn't see it as particularly lonly. I simplified the scene a great deal and made the restaurant bigger. Unconsciously, probably, I was painting the loneliness of a large city.

わかるようで、わからない。翻訳欲がそそられました。訳中の「僕」は、描き手の、エドワード・ホッパーです。

ナイトホークスには、夜の街に対する僕の捉え方が見える。別段、孤独を意識して見たわけじゃない。目にした光景を、かなり簡素化して、レストランを大きく描いた。おそらく、無意識のうちに、大都市の孤独というものを僕は描いていた。

こういうのが、いいんですよ。

思えば初めてスティーヴン・キングを読んだ 『短編画廊』 - 関内関外日記

黄金頭さんのレビューは、こういうところがある。エドワード・ホッパー的な。ナイトホークス的なところ。黄金頭さんが現代アメリカの作家なら、僕は専属の柴田元幸になっていたはずだ。