久しぶりに、品詞分解します。
むかし、男、女のまだ世経ずとおぼえたるが、人の御もとに忍びてもの聞こえて後、ほど経て、
近江なる筑摩の祭とくせなむつれなき人の鍋の数見む
伊勢120
本段は、伊勢の中でも屈指のアフォリズムです。
- むかし:名詞、ないし副詞
- 男:名詞
- 女:名詞
- の:格助詞。後の「が」と対になります
- まだ:副詞。「ず」と呼応します。呼応陳述
- 世経:ハ行下二段活用動詞「世経(フ)」未然形。世慣れる。成人済である
- ず:否定/打消の助動詞「ず」終止形。引用「と」の上は終止形です
- と:引用の格助詞
- おぼえ:ヤ行下二段活用動詞「おぼゆ」連用形。思われる。そのように見える
- たる:完了/継続の助動詞「たり」連体形。後置の「女」が省略されています
- が:格助詞。「AのXが」の形は「XのAが」と訳すと現代語では意が通りやすい
- 人:名詞
- の:格助詞
- 御:尊敬の接頭辞。女が通っていた先が高貴な方であるとわかります
- もと:名詞。「元」と表記されがちですが「許」がいいんでしょうね
- に:格助詞。場所
- 忍び:バ行上二段活用動詞「忍ぶ」連用形。接続助詞の上は連用形です
- て:接続助詞
- もの聞こえ:ヤ行下二段活用動詞「もの聞こゆ」連用形
- て:接続助詞
- 後:名詞
- ほど経:ハ行下二段活用動詞「ほど経(フ)」連用形
- て:接続助詞
むかし、ある男、(思いを寄せ、)いかにも生娘然に見えた女が、高貴な人のところに人目を忍んで通っているという噂を耳にした、その、少し後に詠んだ歌:
近江なる筑摩の祭とくせなむつれなき人の鍋の数見む
近江筑摩の(風変わりな)例祭、早く来ないかな。私には冷たいあの人が、鍋をいくつ冠ってお参りするか見てみたい。
歌の品詞分解はポイントだけ。
- なる:存在、場所、あるいはその伝聞を表す助動詞「なり」連体形。どこどこにあるという。
- 筑摩(古くは、ツクマと訓じたそうです)の祭: 筑摩神社 (米原市) - Wikipedia
- とく:疾く。副詞。早く
- せ:サ行変格活用動詞「す」未然形。「する」ですが、直後の「なむ」とセットで開く、行う、開かれる、行われる
- なむ:自分以外のものへの「こうあってほしい」という希望願望を表す終助詞
- つれなき:ク活用形容詞「つれなし」連体形。冷淡である。よそよそしい。属性というより、こちらのアクションに対して、受け身で感じる感じ方のことです。なびいてくれない。口説きに応じてくれない
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見事ですね。野暮を承知で添えれば、これは、恋愛工学的な何か、鍋の数でもって体験人数を数えたいとかいう、そういうのではないですね。女性からしたら横恋慕、男性からしたら、未練。
かつ、端的な近江筑摩の風土紹介にもなっており、これは訪ねざるを得ません。
加えて、上の句と下の句の飛躍、意外さが、また端正な、古典的(お題○○は/○○といえば/○○とかけて→△△と解きましたる…)な枠組みを踏まえている。
再び歌意に戻れば、男は女に手が届かないことをわかっている、季節とともに、(いまは未練がましいけれど)この男はやがて次の恋へと移っていくのだろうなという、その、淡い距離感。
早く、終わった恋にけりをつけたいのかな、なんてところまで想像します。
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重ねて褒めます。伊勢でも指折りの、見事な端書きと歌です。いつもつぶやいていることですが、伊勢(と和泉式部)は、おおもとは古い作なのに、どの歌もどこかしら清冽で、新しさがあります。