illegal function call in 1980s

1980年代のスポーツノンフィクションについてやさぐれる文章を書きはじめました。最近の関心は猫のはなちゃんとくるみちゃんです。

送り狼の話

何というか、琴線が鳴り出したので、久しぶりに品詞分解します。

おくれ/居/て/恋ふ/ば/苦し/も/朝狩/の/君/が/弓/に/も/ならまし/ものを

  • おくれ:ラ行下二段活用動詞「おくる」連用形。連用形であるのはすぐ下に動詞(用言)「居」をとるから。後に残されて。
  • 居:ワ行上一段活用動詞「居」連用形。連用形であるのはすぐ下に順接の接続助詞をとるから。座っている。
  • て:順接の接続助詞
  • 恋ひ:ハ行四段活用動詞「恋ふ」おそらく連用形。普通は確定条件「ば」の上は已然形だが、奈良時代にはそれ以外の形をとることもあったと聞く。恋しい。
  • ば:確定条件の接続助詞:~ので。恋しいので。
  • 苦し:シク活用形容詞「苦し」終止形。気持ちの平静を失うこと。狂うと同源と推定されます(大野晋説)。
  • も:不確実、曖昧の係助詞。苦しいのカシラね。自分でも原因がわからない。でも好きな人についていきたくて耐えられない、つらい感じは確かにある。現代語の助詞には失われた含みです。訳しようがない。それに、和歌を詠むときに、ここに現代人が「も」を自然に置いたりするのは至難の業。まず、置けまい。
  • 朝狩:名詞。朝の狩りのこと。朝の狩りについていくってことは前の夜を共にしたってことです。夫婦関係にあることがわかる。おれはこういうことまでいいたくないんだ(泣)。
  • の:格助詞
  • 君:代名詞。あなた。二人称。相手に呼びかける。おれはこういうことまでいいたくないんだ(泣々)。
  • が:所在/所属/所有の格助詞。あなたの弓、あなたのもの。「の」との違いは、が=ウチなるものを承ける。の=ソトなるものを承ける。「あなたの私」(-ふたりでウチの関係にある。夫婦メヲトです)これが、「が」でなく仮に「君の弓」だったなら、それはヨソヨソしい、感じになってしまいます。万葉人なら、ここは「が」を用いるところです。折口信夫などはそういうところに鋭敏に拘っていますね。
  • 弓:名詞。愛しい人が、朝の狩りに持っていく、身につけていく道具です。それになりたい、つまり、ついて行きたい(とはいっていない。暗喩です)。おれはこういうことまでいいたくないんだ(泣々々)。冒頭「おくる(れ)」の縁語です。そうして当然、当時の人は「(気が)引(惹)かれる」を想起します。
  • に:格助詞
  • も:前述。ここに「も」があることで、控えめ、不確かな感じ。かつ、2度めの登場により、口ずさめばわかることですが、音調が整いますね。あるとないとでは大違い。うまいなあ。
  • なら:ラ行四段活用動詞「なる」未然形
  • まし:反実仮想助動詞「まし」終止形。現実とは反対の状況を心のうちに思い、「だったなら」と願望する。その願いが通じない、叶わない、現実にはなり得ないことが、「まし」の遣い手には十分にわかっている。そういう助動詞です。現代語には失われました。
  • ものを:逆説の終助詞。「なのだけれど」「それなのに」。「まし」との組み合わせで奈良から平安、鎌倉時代にかけて、多く用いられたと、岩波古語辞典(大野晋)にあります。

あなたについて行きたいのに、私はここにこうして座っているばかり。恋しい。あなたが朝狩で引く弓になれたらいいのに。

ね、いい歌でしょう? この試訳ほどには、激しくないかなってところです。元歌は、どちらかというと、ふわっと、淡く歌っています。かわいい感じです。

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「送る」は、後れる、遅れると同根です。後からついていく、の意味です。見送る、送り届ける、ではない。いつか、自分もそこに行く(のが本来な)んです。それが現実には、行けない。防人に同行することはできない。だから、その気持ちと現実との矛盾にあって、切なさや、反実仮想の色合いが出てくるわけ。

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「送り狼」。これは古い言葉です。室町時代(御伽草子)には見られたと聞いています。現代語では、たとえば帰り道、送り届けて(同行同伴して)その先のマンションで狼になるニュアンスがありませんか。そうじゃないんですね。むしろ、ストーカー的、後から(監視して/=ニホンオオカミの習性ともいわれる)ついていく狼、そちらに力点があります。だって、狼の追い方ってそうでしょう。

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ちなみに、唐突にめちゃくちゃなことをいいますが、オオカミ=イヌ=大神です(違うだろう)。

ja.wikipedia.org

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ともあれ、当世「おくりびと」なんて手軽にいいますけれど、いまはまだ後ろで離れている、でも、いつかはその道を自分も行く、そのことが約束、含意、前提されている、そちらに力点がある動詞です。できれば、覚えておいてほしいな、なんて思います。

いつもながらの、お粗末様でした。