この、増田を読んでいたら、
kash06さんの印象的なツイートがあって、触発されるような気分と形で、私的な記憶が呼び起こされてきた。私の記憶のことはブクマで済んだので、ここでは余談を。
上田佳範は、もちろんイチローを抑えたことで知られる。しかし、この男(と、あえて書く。私のほぼ同学年の誇りだ)には、人生の折々、あるいは全体が、何か祝福されているように思わせるところがある。あるいは、よき伝記作家がついているのかもしれない。
2箇所だけ引きたい。
漫画家の矢沢あいは、高校時代の上田に影響されて『うすべにの嵐』と続編の『空を仰ぐ花』を描いた。単行本に掲載されている矢沢本人の手書きメッセージ欄にも「松商学園の上田君に女学生のようにときめいてしまった」「ドラフトで上田君が日ハムに入団することが決まったとき、『今日から日ハムのファンになる!』と決めたが、ファンらしいことは何もしていない」と書いている。
矢沢あいに、これを書かせる上田。
松井秀喜は、メジャーリーガーとなった後の2007年に当時を振り返り、著書で「野球人生で初めて壁を感じて大きな影響を受けたのがこの上田さんとの対戦だった」と述べ、苦戦した経験を記している(1990年秋の北信越大会と3年時の第73回選手権大会で対戦している)
松井秀喜に、これを述懐させる上田なのである。
一流の野球選手は、記憶と記録の両方か、どちらかが残るタイプの選手に大別されるという話がON以来、ささやかれた。むろん記録の王よりも、記憶の長島のほうが上だという含意がそこにはある。あるいは、80年代、90年代には、あった。
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対して、上田は、人徳というか、キャプテンシーというか、何かがある。もちろん野球人としての輝き、確かさもある。甲子園のマウンドに立つ松商の上田は、それくらいすごかった。残された記録は問題ではない。
そういえば、上宮の元木大介もすごかったのだが、彼は野球よりも遊びのほうを好んだので、何も残らなかった。
さて、ぐだぐだになりかけてはいるものの、私は皆さんにひとつここで予言を披露したい。
松井秀喜は間違いなくジャイアンツの監督に就任する。これは予言ではない。既定路線という。
そのとき松井は、上田佳範を、ヘッドコーチか、内野守備総合コーチ待遇で呼ぶのではなかろうか。