illegal function call in 1980s

1980年代のスポーツノンフィクションについてやさぐれる文章を書きはじめました。最近の関心は猫のはなちゃんとくるみちゃんです。

私信 或る狐の話

id:kikumonagonさん、ちょっとだけ訳してみましょうか。

此の辺りには狐と申す物多く住みける処なり。折節此の花園に狐一つ侍りしが、姫君を見奉り、あな美しの御姿や、せめて時々もかゝる御有様を、他所ながらにても見奉らばやと思ひて、木陰に立ち隠れて、心落ち着かず思ひ奉りけるこそ浅ましけれ。姫君帰らせ給ひぬれば、狐もかくてあるべき事ならずと思ひて、我が塚へぞ帰りける。

この辺りは、狐と申すものが多く住むところです。折しも、この花園にひとりの狐がいました。姫君の姿が狐の目に映り、「ああ美しいお姿、せめて時々はこのようなお姿を遠巻きにでもお見かけしたい」と思って、木陰に立ち隠れ、心が落ち着かずに思いを寄せている様子は、驚きあきれてしまうほど。姫君がお帰りになると、狐も、もう自分も帰るべきときだと思って、自分の(ねぐらのある)丘に帰っていました。

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受験用忠実訳は、東進さんのこちらを。

センター試験2019|解答速報2019|予備校の東進

さすがに、敬語や補助動詞、助動詞に丁寧に気を配って、受験用に非の打ち所のないように訳せています。しかし、というところで、季雲納言さんの先般の記事に、非常に僕自身、通うところがあったんですね。で、この記事を書こうと思った。

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この段落のポイントは「浅まし」の解釈です。浅ましは、受験古語として見ると、(程度が極端に振れていて)「驚きあきれる」さま、という意味です。現代語の「意地汚い」ではありません。これは、とりわけ文系受験生にとっては常識ですね。季雲納言さんなら、ましてなおさら、というところだと思います。

ただし、それだけでは訳せません。そこは、東進の訳は僕は冷たく感じる。どれくらい驚きあきれるかというと、好きな人(一目惚れした相手)が帰ると、「かくてあるべき事ならず」これ、難しいですね(訳者としては、わくわくします)。べき、というのは外からやってくる行動規範です。だれかを好きになると、その人がこうだから、(自分も)こう、と思いますね。この部分は、そのことをわかるように、わからないように書いてあります。

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どうしてそこまでわかる、いえるかというと、言葉遣い、およびその背景にある、狐と姫君に寄せる書き手の視点が優しいからです。

続けましょう。

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この狐、つくづくと座禅して身の有様を観ずるに、我、前の世如何なる罪の報いにて、かゝる獣と生れけん、美しき人を見染め奉りて、及ばぬ戀路に身をやつし、徒らに消え失せなんこそ怨めしけれと打ち案じ、さめざめと打ち泣きて伏し思ひける程に、よき男に化けて此の姫君に逢ひ奉らばやと思ひけるが、又打ち返し思ふ様、我、男と成りて姫君に逢ひ奉らば、必ず姫が一生無駄に成り給ひぬべし、父母の御欺きと云ひ世に類なき御有様なるを、徒らに為し奉らんこと御痛はしく、とやかくやと思ひ乱れて、明し暮しけるほどに、餌食をも服せねば、身も疲れてぞ臥し暮しける。もしや見奉ると、かの花園によろぼひ出づれば人に見られ、或は礫を負ひ、或は神頭(鏃の一つ)を射掛けられ、いとゞ心を焦しけるこそ哀れなれ。

この狐は、つくづくと座禅を組んで我が身の有様を振り返ります。「私は、前世のどような悪事の報いでこんな獣に生まれたのか。美しい人間のお方を好きになって、届かない恋路に身をやつし、無為に消え失せてしまう(のだろう、もしそうだ)としたら、遣る瀬ない、残念だ、口惜しい」と、突っ伏して強く泣いていました。そうしていると、「人間の男に化身して姫様にお目にかかりたい」という考えが浮かび(顔を上げ)ましたが、(また)突っ伏して「いえ、私が人間の男に化身して姫様にお目にかかったら、きっと姫様の生涯を無為にしてしまう。ご両親のお嘆きはもちろん、あれほどの、この世にまたとないお美しさを、無為に終わらせてしまう。これはつらい。いや、それだけではない、ほかにも…」と気持ちを乱して日々を過ごしているうちに、餌もとらないので、体調を崩して寝て暮らしていました。あるいは姫様のお姿をお見かけできるのではと例の花園に弱々しい足取りで出ていくと、あるときは人間に見つかり、またあるときは石を投げつけられ、はたまた矢で狙われたりして、ますます恋心を焦がすという、実にかわいそうな有様。

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ここで際立つのは(いきなり素/巣に戻る/帰る)、百合かどうか、狐の性別云々ではなく、だれか届かぬ人を好きになったときの、今風にいえば「リアリティ」ですね。書き手がおそらく経験したに違いない切実さが、狐と、その描写に投影されている。書き手も、片思い、高値の花に思いを寄せるつらさを知っているから、どうしても、狐にあはれの深い筆致になる。そうとしか思えない、類推、例示、視点、言葉遣い。

実際、だれかを好きになったら、そう思うだろうという、愛です。

そのことを僕は、訳してつくづくと痛み入りましたが、おそらく、季雲納言さんは、お読みになって、おわかりになったのでしょう。

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これ、思うんですよね。僕なんて、風邪で熱を出して寝込んでも、今生の悪事を思い出して指折り数えて神仏に祈るくらいだ。風邪は治るからいい。恋の病、癒えることなしと古来申し侍りき。

それから、これ「ごんぎつね」ですね。僕の大好きな。ごんも、兵十のはりきり網にいたずらを仕掛けて、兵十が病に伏せるおっかあに、うなぎを食べさせてやることができなかった。その晩に、ごんは、ねぐらに帰って、つくづくと反省するんです。転向、回向、改心します。

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とかね、玉水、ほんとにいい話だ。好きw また明日も続きを訳します。

あのね、季雲納言さん、季雲納言さんの憤りは、間違ってないと思うよ。いわゆる世間の「百合」で括るようながさつな読みに、少なくとも僕は与しない。訳すというのは、作者が執筆する場に立ち返ることだという思いを今回、また新たにしました(いつも、どうもありがとうね)。

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追記:僕はこれ、書き手/語り手は女性、狐は(これまでのところ)男性に読めます。