illegal function call in 1980s

1980年代のスポーツノンフィクションについてやさぐれる文章を書きはじめました。最近の関心は猫のはなちゃんとくるみちゃんです。

豚汁とアスパラガス

秋は文化祭の季節。

おれは文化祭は好きだった。学校が実質休みになるから。だがその中でPTAが主催する豚汁がいやでいやで仕方なかった。まずいからである。加えて皿が貧相なのもいやだった。

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うちのばあさんの作る豚汁はうまかった。レシピはいろいろ探し、試してもみたのだがこれが一番近いような気がする(ただしレシピにさといもは入っていない)。

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しかし諸君驚くなかれ。ごぼう、にんじん、だいこん、ねぎ、レシピには書かれていないがさといも、本家が麹を扱うのでみそ、すなわち豚以外の食材はその辺に生えているか、家中から(なんだその表現は)手に入るのである。もっというと、豚が入ってなくても一向に構わなかった。鶏肉のこともあったし、肉なしで小麦粉のお団子状のものが入っていたこともあった。前に何かで書いた気もするが、おれにとっての豚汁はそういうものだったので、大満足だった。ちなみに子供なので唐辛子は入れない。

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さといもは八頭(やつがしら)といって、めんどくさい形をしている。

八つ頭 八頭 やつがしら (里芋):旬の野菜百科

これをばあさんが豚汁用に切るのだが、自分でつまむ用に、それから孫に食べさせるように、ちょっと手頃なのを脇によけてレンジでチンする。そこに、醤油、バター、塩のうち1つか2つを垂らし、皮に切れ目を入れてつるっと剥いて、ほくほく口にする。

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なぜ、あんなにうまい八頭がうちにはあったのだろうか。そしてなぜ、文化祭でPTAが出す豚汁はあんなに何か毛羽立たしい化学めいた味がするのか。

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ほかにうまいものといえば、庭に生えているアスパラガスである。

うちは庭が広いのが取り柄で、まあざっと敷地1,200坪、玄関から門塀までの間に通用路とその両脇に花畑と野菜畑が畝を作っている。その、野菜畑の一角に、アスパラガスが生えていた。生えていたというのは不正確な表現で、もちろんばあさんが植えていたのを、初夏の明け方に若い芽をぽきっともぎり、井戸水で流してそのままもぐもぐやるのである。そのみずみずしさ、歯ごたえといったらない。茹でたり、マヨネーズをつけたりなどというのは文明に毒された頭のおかしい連中のやることだ。

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そのアスパラガスは、なぜか年ごと季節ごとに庭で生える位置が変わっていた。ばあさんに尋ねると「さあ、どうしてだろうね」とにこにこしていた。連作障害が起きやすいことをばあさんは昔の人の知恵から学んでいた。おれが聞き及ぶ範囲で、ばあさんの農業に関する知識はそのようなものだった。プラムも、いちじくも、柿も、桃も、たまねぎも、食用菊も、栗も、木瓜も、紫陽花も、柏も、モチノキも、みんなそうだった。

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そんなわけでおれはばあさんが亡くなったとき、親族代表の挨拶でそれら庭に生えている木々の名前を能う限り数え、並べ、最後に縁のあった人形(ひとがた)の名前を添えた。

葬式の朝、庭と畑を隅々まで歩き、盆栽の裏を返したとき、おれは畑道具の名前を何ひとつ知らないで育てられてきたことを初めて悟った。幼いころにばあさんの後ろをついて耳に馴染んでいたはずの花や枝や実の名前も、あらかた遠のいていた。

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それでも、彼ら木々たちがばあさんを見送りたいだろう気持ちが、何となく伝わってきた。何かの加護だったのだろう。