illegal function call in 1980s

1980年代のスポーツノンフィクションについてやさぐれる文章を書きはじめました。最近の関心は猫のはなちゃんとくるみちゃんです。

たらたりと垂れたる思ひ出(いづ)の水

突然ですが、「たそかれ(黄昏)」と「かはたれ(彼は誰)」の違いは、お分かりになりますか。

(これは、朝、明け方のほうね)

いえ、ゆうべ営業で五木ひろしよこはま・たそがれ」の清水アキラ版の、ほんのさわりをやったら大受けに受けて、僕はほんとに淋しい熱帯魚だったわけです。あれ、山口洋子にはわるいのだけれど、字句解釈からは、実はあまりうまくない。歌詞の中身とも、矛盾すると言わざるを得ない。

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品詞分解しましょうか。わびしい心持ちは、品詞分解によってのみ救われるものです。

  • た(代名詞。誰。不特定の人を指す。)
  • そ(終助詞。本来は文末に来るべきものだが倒置されている。意味は高校古文の説くいわゆる強意、よりも、大野晋の「新発見」「驚き」説を僕は採りたい)
  • かれ(代名詞。話し手から離れた、遠い物・事・時・人を指す。平安末期に「あれ」に取って代わられる)

その上で(工夫して)訳します。

「あら(=新発見+驚き)、あちらは、自分には判然としない・少なくとも親しくない方です(です/だ、の先祖が「ぞ」)」(岩波古語辞典P.801に曰く【うすぐらくなって人の顔が見分けにくい(略)】)

往来などで出くわして、対象が人という認識はある・識別はつく。そしてそれが知己(知り合い)なのかそうでないのかの区別もつく。そこまで。たそがれは、そういう時間帯として感受された。

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「かはたれ」のほうも、品詞分解しましょうか。

  • か(代名詞。遠いものを指し示す。あれ、あの人)
  • は(係助詞。重要な特徴として、疑問詞を承けない。掲題・なぞかけ=続く・下の部分に、ほぼ必ず、答えを用意する。答えが省略されたときには、宙ぶらりんの感覚が残る。現代の「○○とは?」の「は」に近い)
  • たれ(不定称。だれ)

救われた気持ちになったので、訳します。

「あの方はどなた(なのかしら)?」(岩波古語辞典P.323に曰く【うす暗くて人の顔もおぼろにしか見えず、あれは誰、と見とがめる(略)】)転じて、明け方の声かけになったとかならないとか。

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整理します。

語彙 試訳 訳注1 訳注2
たそかれ あら、あちらは、自分には判然としない方です。 そ(ぞ)→言い切り・強い認識 (次第に暗くなって、判然としにくくなりましたね)→夕暮れ
かはたれ あの方はどなた(なのかしら)? 疑問→問いかけ (まだ未明で暗いので、確かめが必要ね)→朝、明け方

僕は、こうだと思っています。そんなに、間違っていないんじゃないかな。

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以上は、石塚修先生 (id:ichikanjin) が高校生向け古文入門の枕としてなさっていたことの敷衍です。もちろん、89年夏秋当時、高校1年生という(百人一首すら覚束ない)受講者層と、授業時間の兼ね合いから、ここまでは踏み込んでいらっしゃらなかったはず。

だからこそ、僕は、ずっとこのことを考え、整理し続けてきた。

それは、石塚先生曰く(意訳)、

「昔の日本人は、このような時間感覚の微妙な違いを、とても繊細な、語順と、わずかな助詞の用法によって、遣いわけていた。すばらしいじゃないですか。まん’によ’うしゅう」

賀茂真淵本居宣長が直接に会って話したのは、生涯にただ一度きりだったといいます。そこから宣長は、ちゃんとエッセンスを感じて、受け継いで、忘れないでいて、結実した。えらいなあ、おれ(笑)。

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昨日かおとついか、英語の恩師K先生のことを記しました。

dk4130523.hatenablog.com

それだけでは、ちょっと申し訳がたたないと思って。いま、ほんとに、精神も肉体もかつかつで、外貨を稼ぎ、お客様と部下のために、冒頭記したように、清水アキラを、内山田洋前川清(謎の7字熟語)を夜な夜なやるわけです。それで億円の契約を取る仕事です。

つらい。実につらい。あはれである。

しかし、けれど、どうして、かろうじて持ちこたえられているかといえば、それは、古文の種を仕込んでくださった、石塚先生のおかげというのが、多分にあります。どうしてみんな、ビジネスマンが数独には夢中になるのに、古文の品詞分解に夢中にならないのか、僕にはまったく訳がわからない。

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というわけで、「横浜たそがれ」は、五木ひろしが、誰かわからない人と港近くのラブホテルに入り、一戦を交えた後で「あら、薄暗くなって見分けがつかない。誰かの残り香だけがあります」と嘆く歌ということになります。もしそうだとすれば、それはドラッグのやりすぎか、ラブホテルに入るつもりがピンサロだったか、赤線青線、という話です。「あの人は行って行ってしまった」。お客様はお帰りになったのですね。

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(せっかくのいい話を)誠に(誠に)申し訳ございません。

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石塚先生、その節は、ほんとうに、ほんとうにありがとうございました。お酒と落花生、明日2/4にも、つくばの研究室のほうに発送予定です。

(ちなみに、今回の記事のタイトルは、石塚先生(と、お弟子さん?)にのみ、お分かりいただける筆法にしたつもりです。下句、酒と呼ばずにいづみかは、なのでございます。)

どうぞ、ご研究の合間に、お納めください。


よこはま・たそがれ 五木ひろし