illegal function call in 1980s

1980年代のスポーツノンフィクションについてやさぐれる文章を書きはじめました。最近の関心は猫のはなちゃんとくるみちゃんです。

漱石に肖(あやか)り辞する冬至かな

仕事納めの日に表彰があってそれにエントリーされたのだけれど断りました。

売上という結果からすれば僕もしくは僕のチームが必然なのだけれど、それを僕が代表でもらうのはおかしい。営業成績に比例した配分もおかしい。見えてないでしょ、人事は。数字に還元出来ない部分の貢献やら、その特別表彰が若い衆○○君の気持ちをどれだけ高めるかの効果試算はできているわけ云々…と。半ば真顔で。

「俺はいらん。もしどうしてもというなら社長がメンバー個々に握手アンド手渡しで目録を」

そしたら、うちの人事はさすがと思うね。

「メンヘラさんがそう仰るのは選択肢に入っています。まあ、受け取らないですよね」

だが、そこで引き下がる俺じゃない。

「うまいこと(「グループ企業内事例共有」とか)いって、プレゼン準備させるんでしょ。できてるし。何にせよ途中から演目を『火焔太鼓』に変えちゃうけどいいのね」

今回は、俺の志ん生じゃねえ辛勝だった。

「お、火焔太鼓と来ましたか。人事の若い○○君が、メンヘラさんは芝浜をやりたがるだろうって、惜しかったなあ」

ちょいとばかし気をよくしたんだけど、辞退は辞退だ。ほしいときは俺がいう。「あいつにやってくれ」とちゃんと時期と額面を指定していうからてんで、人事を追い払った。

俺が朝6時から働いているうちはだめなのよ。これで受賞しちゃったら若い衆が形だけ真似をしかねない。それじゃあ駄目なんだ。

*

2月21日は、夏目漱石が文部省からの博士号授与に対して断りの手紙を入れた日。

serai.jp

このサライの記事は、なかなかよくまとまってる。だが、気に入らない。

引用する。

漱石はこれを放置しておくことができず、「文学博士」の4文字を削除するよう願い出た。申し出を受けた祝賀会事務所でも、誤って勝手に「文学博士」と入れてしまった責任があるだけに、すぐにこれに対応した。まずは訂正の葉書を印刷し、すでに趣意書を送ってしまった関係者200 人に送付。一方で、残りの1万枚の趣意書は、「文学博士」の4字を墨で塗りつぶしてから配布することにしたのである。

漱石も、この迅速な処理に応えた。次のような手紙とともに、祝賀会事務所に寄付金を送付した。

要は、博士号辞退から4年が過ぎた折、なじみの杉浦重剛(この爺さんべらぼうにおもしろいからあとでウィキペディア読んでおくんなまし)から杉浦の還暦祝賀会の発起人に名を連ねてほしいと依頼が来た。義理堅い漱石は当然承諾する。

杉浦重剛 - Wikipedia

しかし趣意書には4年前に辞退したはずの文学博士が号されていた(俺はこれを杉浦側の心遣いか洒落っ気ではないかと見るのだが)。

返事をする漱石

《天台道士祝賀会寄附金五円御送附(ごそうふ)候間(そろあいだ)、御落掌(ごらくしょう)相成(あいなり)たく、規定は壱円に候(そうら)えども過日小生の姓名御訂正のみぎり葉書二百枚と右印刷代とを御支出(ごししゅつ)相成候故(ゆえ)、壱円にては差引不足にて寄附にも何にも相成らず候故、例外として五円差出候次第に御座(ござ)候》(大正3年12月11日付)

これ、可笑しいよね。笑っちゃうような候文なんだけど。律儀と、悪戯がまぜこぜになったような。

漱石も、この迅速な処理に応えた。

違うと思うよ。迅速さに応えたんじゃない。杉浦なら、分かってくれると思った。そう、踏んだのではなかろうか。そこでずれちゃってるから、このサライの記事は惜しい。

すなわち、訂正の葉書の印刷代と郵送代をもらってもらうため、4円増額して寄付金を納めたというわけ。漱石先生の「博士号辞退」は、ここまで筋金入りだったのである。

ポイントの置き所は「博士号辞退」「筋金入り」じゃないよね。

漱石は、個としての友情には俺は腕撫して応えるタイプだぜと「坊っちゃん」「こころ」他で何遍も(そう簡単には伝わらないように)語っている。

博士なんかにはほんとにまるで興味がなかったのさ。杉浦の、断られることがわかった上での「博士号」付けの配慮、および「石に漱(くちすす)ぐ君もたまには丸くなってみてはどうだい」の問いかけに、意気に感じて、候文と、4円を付けた。実際に手を動かした人もいる。片意地と見られても仕方のないことに、相済まない、の思いもあったろう。根っこはおそらく、その辺それだけよ。全集3回くらい通しで読んでみりゃわかる。

*

ま、うちの人事は優秀だが、ここまでの話は通じまいし、口にしたら野暮になる。したっくれ、俺は、仕事納めにとびきりの日本酒を持って、この半年間の人事の厚情に頭を下げるつもりでいる。

盃を傾けながら、「てやんでえ」と、まあ、頭を掻き掻き、いうべきだろうぞな。かしこ。