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illegal function call in 1980s

1980年代のスポーツノンフィクションについてやさぐれる文章を書きはじめました。最近の関心は猫のはなちゃんとくるみちゃんです。

春はあけぼのの件

すごい悩んで、何度も書き直したんだけど、言語論で話を進めることにする。悩んだというのは、政治、皇室、古典、いろいろあるにはあるのだが…。季雲納言さんの関心により近いのはそこだろうと思うのだけれど、しかし、うーむ。

kikumonagon.hatenablog.com

季雲納言さんには、つらいお知らせです。

日本人の伝統的な言語観のある一面には、言葉は口にしたとたんに腐るもの、というのがあります。「いわぬが花」「秘してこそ」(観阿弥/世阿弥)。また、言の端(ことのは)とは、言葉がのど元あるいは手先指先ついちょっとここまで出かかったんだけど言うに言えぬはものの思いよ、ぺぺんぺんぺん。いまこしらえた都都逸もどきですけれども。気持ちと言葉は乖離していますので、いわないんですね。

よって、代表的日本人(内村鑑三)が何かをいうときには、よほど堪えるんです。最後の最後まで。あるいは虚実の被膜の間で、あえて諧謔を選ぶ。ポピュラーなところを1例だけ引きます。

たそがれ清兵衛」。真田広之が理不尽な上意討ちを命じられます。

たそがれ清兵衛 (新潮文庫)

たそがれ清兵衛 (新潮文庫)

 

 

たそがれ清兵衛

たそがれ清兵衛

 

相手はべらぼうな剣豪で、勝ち目は五分と五分。向こうは立て籠もって、文字どおり死に物狂いですから、さすがの真田も負けを覚悟する。負けとは命を失うか、よしんば生きて戻っても上意を損ねるので家禄は格段に落ちる。娘が2人3人いる。たちどころに路頭に迷うであろう。いまから160年くらい前の話です。

で、命じられてから、幼馴染の宮沢りえちゃんに「やっぱりあっしはあなたのことが好きでがんした。あなたが嫁に行く話を聞いてから、あっしはずっとあなたのことを考えていた。考えるようになりました。思えば幼いころから、あっしはあなた様を嫁にもらうのが夢でがんした」って言うんです。

これ、理解できないめっちゃ理解してる。もっと前にいえよと。

*

しかし、そうじゃないんです。

言わないんです。伝統的な日本人の言語観からすると。

どういうことか。

最も鮮度の高い言葉を、宮沢りえちゃん(巴さん)に、真田は伝えたかった。その鮮度の高い言葉は、死地に赴くぎりぎりの直前にしか、出てこないんです。伝統的代表的日本人の言葉を発するプロセスでは。そういう美学に、倫理に、生きているんですね。亡くなる直前になって「実は好きだった」って、われわれはよく映画やドラマで泣くでしょう。あれ、ほんとは、意味わからない(のが当然な)んです。「俺は、生きて君を幸せにする」(で、ほんとに実行する)が絶対正義のはずなのに、なぜかこときれる寸前に告白して、涙する。

それは、それを鮮度と感じるわたくしたち日本人の言語的DNAみたいなものなのじゃないか。旬、などと呼んだりもします。

*

翻って、流行語などというのは、旬が命です。忘れちゃうものです。もし年末に大賞を発表する意義があるとすれば、それは旬をよみがえらせてくれることです。「たそがれ清兵衛」の、「猫の恩返し」の、シーンが、その候補に入ったワンフレーズによって、巧まずしてよみがえることです。

2016年のそれには、それがありません。「神ってる」で、何を想起したか。「日本死ね」で、何を想起したか。しかも、前者は神への冒涜です。後者は、もはや意味がわからない。比喩か否かは僕にいわせればどうでもいいことで、そのイメージの想起する力が、受賞に値するだけのものがあったか、否か。なかった(僕としては)。だから、確かに話題は集めたかもしれないけれど、流行語ではない。イメージをぱっと想起する言葉でなければ、そもそも流行のしようがない。

*

2016年の、僕にとってのいちばんのフレーズは(流行語とはいっていない)、天皇陛下のお言葉でした。

象徴としてのお務めについての天皇陛下のおことば:象徴としてのお務めについての天皇陛下のおことば(ビデオ)(平成28年8月8日) - 宮内庁

国民の理解を得られることを、切に願っています。

わたくしはバリバリの理論左翼です。父親はいまでも有能な火炎瓶が作れる元全共闘天皇制は虚妄です。しかし、それはさておき、俺はまもなく83歳になるおじいちゃんが「国民の理解を得られることを、切に願っています」と、がまんにがまんを重ねておっしゃったことに、

はい。

以外の言葉はないのだがのう。まあ、それは季雲納言さんの論旨には関係の薄い話。

すまなかった。

*

だがね、

言葉とは、肌の接触以外で人間同士を繋ぎ止める方法の代表です

その通りなんです。(しかしすごいフレーズだなこれw)受験勉強中であるはずのおねえちゃんが肌の接触の有用性を前提にものを語るのはいかがなものかと思うけれどもだ(笑)。

平安女御というのは、ゴシップも語っただろうが、身近で帝に接して、その苦悩や胸中を感受していたはずなんだ。なかなか、本当のことをおっしゃらない。

その中にあって、中宮定子様の明るい面に光を当てた、あるいはその光に感化された清少納言というのは、ほんとうの意味での、宮中のことばの、流行り廃りを、知っていたんじゃないかと思うね。

*

(おまけ)

宇多天皇なんての(傑物)もいらっしゃる。

matome.naver.jp

なかなか、やりよる(笑)。「春はあけぼの」が、1,000年連続の受賞だって、俺は構わないと思うよ。(でね、季雲納言さんのセンスって、いいなあって思う)