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illegal function call in 1980s

1980年代のスポーツノンフィクションについてやさぐれる文章を書きはじめました。最近の関心は猫のはなちゃんとくるみちゃんです。

石田紋次郎さんを探す会(覚書)

石田紋次郎さんのこと、探し始めた。なんのことかご存知ない方のために、

dk4130523.hatenablog.com

あと適当に漁ってくれい。

 *

それで、まず信頼に足る基本文献から。

http://miuse.mie-u.ac.jp/bitstream/10076/14299/2/40K17188-2.pdf

菅原洋一「明治期商家銅版画資料に関する歴史情報学的研究」三重大学

目録113に、

15 石田紋次郎 石田紋次郎 清酒醸造所 石川郡富田林駅堺町東角

とある。間違いない。冴えてる。さすが近代史学を専攻した俺(笑)。

【富田林寺内町の探訪】 石田家住宅・(旧)万里春酒造

ほら、ここに、

「所在地 亀が坂筋・堺町(堺筋)」とある。さらに、

絵図(右)にも描かれた石田家は、杉山家や仲村家から酒造株を分与されて明治時代に近隣の東板持から富田林寺内町に移り住んだ造り酒屋です。杉山家から江戸時代の酒蔵が移築され、昭和51~52年頃まで残っていたものの建物の傷みが激しくなり取り壊されています。

地元酒造業は、昭和初期の経済恐慌の前後に多くの蔵元が廃業していった中で、石田家は戦中・戦後も地元で唯一の造り酒屋でした。戦中期には軍需用貯蔵タンク工場として使用されたこともありました。

とある。「石田家は戦中・戦後も地元で唯一の造り酒屋でした」。志ん生が気づかねえわけがない。おやじめ、例の美談に酒の件りを混ぜなかったな。にゃろうめ。

*

それから、「万里春酒造」ったらイメージは大陸なんだ。戦前の日本人に身近な大陸ったら満州だろう。石田紋次郎さんが志ん生を拾ったのが満州のデパートだった。

ほれ、

gunka01.blog.shinobi.jp

「秋の満州は空澄み渡り/高梁実る/万里の平野」ありゃ、これは秋だ。「春の満州に桜はないが/咲いた菜の花/町長が二つ/結び飛交う麗らかさ/恋に変わりはありません」てな。

談志がどこかで歌ってなかったかな。

readyfor.jp

うーむ。ぷんぷん匂う。麹のいい匂いだ。たまらんねえ。あーこりゃこりゃ。志ん生の「なめくじ艦隊」「びんぼう自慢」に、石田紋次郎さんのお名前が登場することはとうに記憶を掘り起こしてある。

志ん生のおやじ、何かほのめかしを残してなかったかな。

なめくじ艦隊―志ん生半生記 (ちくま文庫)

なめくじ艦隊―志ん生半生記 (ちくま文庫)

 

 

びんぼう自慢 (ちくま文庫)

びんぼう自慢 (ちくま文庫)

 

こりゃ、ちょいと富田林まで出向かにゃなるまい。

(追記)

石田紋次郎さんのお名前が登場する「河内国商工便覧」は、上田利平による1889年の刊行。

河内国商工便覧 (上田利平): 1889|書誌詳細|国立国会図書館サーチ

名士録みてえなもんだから、仮に当時40歳として、この石田紋次郎さんは1849-192xくらいの時代の方だろう。そうすると、志ん生を拾った方とは時代(満州瓦解は一般に1945.8-1946)が合わない。同名の赤の他人か、あるいは石田家の総領名で、代々「紋次郎」を名乗ったか。うーむ。