今週のお題「プレゼントしたい本」
ホマレ姉さんの鶏チリを作った。うまい。実にうまい。そもそも、エビじゃなくていいんじゃないのチリは。もぐもぐ。
いつもながらホマレ姉さんのレシピはよくできている。写真をとるのを忘れるくらいだ。俺が作ってもうまくいくんだからすごい。炊きたてのごはんにとてもよくあう。うまい。
フライパンにサラダ油と③のにんにく・生姜・豆板醤を入れ中火で炒める。香りが出たら③の玉ネギを加え炒める。
それから、これくらいなら、つまりサラダ油を敷いて(「引く」ってうまくいえねえのが江戸っ子だ)、にんにくと生姜と豆板醤を炒めて香りが出たら玉ねぎを加えるという基本手順は、覚えた。何にでも使える。よって俺は慣れていない料理でもたいていこれをやる。出来を外したことはまずない。
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うまい夕食の話題に出すのは気が引ける噺なのだが、まあ、ここはひとつ、あたしに任せといてください。いいようにしちまう(志ん生)。
お題というのは、このあほんだらのことである。
一人で全部を演じる「落語」は本当に面白いのか? | メディアゴン(MediaGong)
精読する必要はない。大意をつかんだところで、口直しをお願い。
志ん朝の文七元結(もっとい)。この、1時間9分過ぎから見ておくんなさい。そうして膝を打ち、最初から見直して、どうしてこんなふうにめちゃくちゃな順番でYouTubeに上がっているのか、弁護士としてできることはないのか、一晩たーんと頭を冷やすことだ。
ばかだねえ。門の赤い大学ではほんとに頭のいいのは文1ではなく文3に入るんだと、そういういい伝えがあった。律儀な俺はそれを忠実に守った。士のつく資格も2つ3つ取りはした。鶏チリはうまい。なんだっけ。そう、俺は指導教官にならって六法全書を読むと睡魔に襲われる奇病にかかり、日本社会に適応することを半ばあきらめて大陸の旅に出た。前世紀の末くらいのことだ。
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石田紋次郎。いい名前だ。ご存じあるまい。
志ん朝の親父さんの志ん生が、満州瓦解に立ち会った。何がつらいって、食うものがねえ。立往生しているところに、貿易商か何かだろう。石田紋次郎という方が通りかかった。
名人落語家の古今亭志ん生は、戦時中に、開拓民、軍人の慰問で満州に入り、大連で日本の敗戦を知った。
満州国は崩壊、生活に困窮し、空腹をかかえ、みすぼらしい姿で、わずかなタバコを金にしようと大連のデパートの知人を訪ねた。しかし、換金は断られた。
がっかりして志ん生はデパートを出ようとした。そのとき、見知らぬ人が声をかけてきた。相手は石田紋次郎と名乗った。以前志ん生の噺を聴いて随分励まされたという。石田はデパート関係の仕事で来ており、志ん生の困った姿を見て、つい声をかけたのだ。石田は言った。
「志ん生さんが内地へ引き揚げるとき、持って行ってもらいたいものがあるので、ご足労ですが家にきてほしい。よかったら今来てほしい」
何のことかよくわからないが、他に用もない志ん生は同意した。ついて行くと、石田は途中でパンを買った。
「志ん生さん、うちに行って、食事を差し上げたいが、それまでのつなぎにこれを召し上がってください」
志ん生は数日、満足に飯を食っていなかった。うれしかった。厚く礼を言って、パンを食べた。石田は、肉屋に行き、豚肉を買って来た。
「この肉は志ん生さんからの手土産ということにしてください」
志ん生はうなずいた。石田の家に着くと、石田は、出てきた奥さんに言った。
「今ね、志ん生さんに偶然会ったの。これを買ってもらっちゃったよ。せっかくのご厚意だから頂戴して、夕食をご一緒にしていただくことにした。さァはやくご飯を炊いておくれ、いただいた肉で飯を食べることにしようよ」
川村真二「その恩の重さは、月とスッポンほどの違いがある」(日経ビジネス人文庫『働く意味 生きる意味』P.46-47)
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この部分だけでも志ん生の喜びが伝わってくるようだが、驚くなかれ、この話にはこの先、二転三転の味わいがある。文庫本でたった3頁の噺、もとい話だが、この本はぜひ一読を勧めたい。まるで落語の、そう、文七元結のようだ。幼い志ん朝は、親父さんからこの話を幾度か聞かされたに違いない。買え。
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で、なんだっけ。
そうそう。馬鹿につける薬と食わせる飯はねえって噺だった。
もぐもぐ。この鶏チリはよくできている。弘法は筆を選ばずというが、よくできたレシピは作り手を選ばねえ。俺がいま作った標語だ。
俺は大陸から戻ってきて暮らしを立て直すのに助けられた人が2人いる。ひとりはホマレ姉さんのレシピ。もうひとりははなちゃんだ。てやんでえ。
(追跡調査)
石田紋次郎さんのお名前は、いまに残る。おそらくこの方だろう。