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illegal function call in 1980s

1980年代のスポーツノンフィクションについてやさぐれる文章を書きはじめました。最近の関心は猫のはなちゃんとくるみちゃんです。

手当ての話

ホマレ姉さん(id:homare-temujin)から、ありがたくも、おほめのことばを頂戴しました。

騙しの手口について - illegal function call in 1980s

おばあさんの話がもっと読みたい!方々に愛情を感じました。特に最後の一行には涙です。

2016/09/21 13:18

b.hatena.ne.jp

かたじけない。では、下書きフォルダの中から、自慢話をひとつだけ。

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「手当て」っていいますね。手を当てることです。患部に。多くは、母親が、我が子に。気持ちが、落ち着くでしょう? 痛みも心なし、和らぐ気がします。「痛いの痛いの、飛んでいけ」とも。近代以前の日本語の感覚では、痛みは、手を当てて、手から発する力で、飛ばされると認識されていたものだったんです。同じ伝で、散らす、ともいいます。「手術はしないで様子見をしましょう。いまは注射で数日なら盲腸の痛みは散らせますから」なんてね。

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僕も、具合がわるくなったときに、ばあさんに、額に、おなかに、手を当ててもらったことがあります。冷えた手は、熱を吸い取ってくれるような気がするのね。落ち着くし、安らぐ。

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痴呆や、アルツハイマーになって、ひとつ対処が難しいのは「家に帰る」って口にしたときです。たとえば、電車やバス、自家用車で初詣に出かける。帰りに、「家に帰る」って言い出す。「おばあちゃん、いま帰ろうとしているところじゃない」って周りの大人たちは、状況を理性のことばで説明し、なだめようとする。(しかも、その家は、当人にとってはこれから帰ろうとする家ではないことが、しばしばある。)

「いやだ。わたしは帰る」「だから、もうちょっとだからね、おばあちゃん」「わるいことをいってわたしをだまそうとしている」「そんなことないよ」

何とか和らげようとして、笑ったりすると、逆効果。「まったく、わたしをばかにして」。

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俺、その様子を、おかしいと思ってたんだ。まだ高校生だったけど。説明したってわかるわけないじゃんねえ。ふだんは「おばあちゃんは話が通じなくなって」なんていってるくせに。その説明は、自分のためにしているものだよね?

でも/だから、賢い俺はそんなことはいわない(えへん)。対処に、あるとき気づいたからだ。隣に座って、手を握って、何をいっても「うんうん」って、相槌を打ってあげるだけでいい。片手と片手で効かなければ、片手をこっちの両方の手のひらで包んであげて、それでもだめなら「一緒に帰ろうね」って、いってあげればいい。

高校を自主休講にして帰ってきて毎日こたつ(夏でも冬でも布地の厚さが薄いかどうかのちがいで、こたつ机と座椅子は年寄り部屋には年中おかれているのだ)で様子をみているから、まあ、たいていのことはわかるようになるんだ。

俺が隣に座って手を握って、さすってあげれば、ものの2分3分。家にいるときに「家に帰る」は少し難易度が高いのだけど、同じようにして、みかんでも、かぼちゃを裏ごししてはちみつを混ぜたのでも、スプーンと白湯で食べさせてあげれば、まあ、落ち着くよね。

www.kyounoryouri.jp

周りの大人たちは、しきりに不思議がって、魔法使いのような目で俺のことを見ていたけど、そうじゃないんだよ。

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アルツハイマーになって、うれしかったといっては語弊があるけれど、俺が役得と思ったことのひとつは、ばあさん、どうやら俺を若いころの、お嫁に行く前の恋人の何とかさんと取り違えているようだったこと。

ばあさん、色の白い、肌のきれいな人でね。百姓仕事をあれだけ重ねても、ずっと変わらなかった。とりわけ、手の、ひらの側の肌理がこまかくて。俺の手も、実はばあさん譲り。不惑を過ぎたけれど、銀座のおねえちゃんとかに「何ももったことのない人みたいなすべすべの手のひら」なんていわれたりして、まんざらでもない。

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それで、何せ恋人だからね、手をやけどさせちゃいけないと思って、鍋つかみと、肩が冷えるからと、カシミアのちょっといいショールを、最初のバイト代でプレゼントした。そうしたら、ばあさん、神棚にあげて、しばらくたっても使わないからそれとなく「どうしたの? 使ってくれればいいのに」って訊いてみた。

「かわいい孫からもらったものだから、もったいなくて使えないのよ」

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遺品から、桐の箱が出てきた。「おい。ちょっと来てみろ」と親父がいうから(いまでも思い出すにつけ貴様何だそのがさつな言葉遣いはと腹が立つ)昔からのものが納められていた八畳の部屋に入って箱を開けたら、驚いた。ところどころ、セラフィンが、和紙が挟み込まれ、年代ごとに箱を替えて丁寧に積まれてある。

S52/6/10。xxちゃんから手紙をもらう。幼稚園で書いたもの。うれしくて爺と涙が出る。

から始まって、鍋つかみと、ショール。

H3/5/12。xxちゃんがアルバイトで貯めてくれたプレゼント。優しい孫。『大きくなるまで長生きしよう』と爺婆で話す(爺の代筆)。

未開封。参ったね。

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今わの際、病院からの連絡を受けて新幹線で駆け付けた。けれど、温かいうちに手を握ってあげることができなかった。「それが出来なかったことを、それがし、生涯の悔いとしております」(牧文四郎。藤沢周平蝉しぐれ」)。2時間半は遠すぎるのだ。そのことを、ほんとうはあのエッセイで書くべきだったかなと、いまでも思う。でも、やっぱり、こうして、ことばにすることができない。

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「手当て」の、近代以前と以後をつなぐ感覚について、見田宗介先生の次の2作が参考になるかもしれない。

 

気流の鳴る音―交響するコミューン (ちくま学芸文庫)

気流の鳴る音―交響するコミューン (ちくま学芸文庫)