illegal function call in 1980s

1980年代のスポーツノンフィクションについてやさぐれる文章を書きはじめました。最近の関心は猫のはなちゃんとくるみちゃんです。

昭和何年の夏

8月15日を前にして、たぶんだれも書かないだろうから俺が書きますね。

伊東静雄です。

このあいだ、id:garadanikki さんと、転向文学についての短い(でも中身の詰まった)やりとりをしました。その節はありがとうございました。島木健作は読めていませんが、ひょんなことから、小沼丹を手に入れました。

黒いハンカチ (創元推理文庫)

黒いハンカチ (創元推理文庫)

 

ときに、転向文学って何ですかね。

村山知義なんて、きょうび誰(たれ)か読まん。デザインは、ひょっとして、見たことがあるかも。

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スポーツノンフィクションの分野には、渋いジョークがあります。

たしか言い出したのは玉木正之。「日本でもっとも有名な転向文学は何か」「君がそういうんやから、スポーツなら、川上哲治自伝か」「ちゃうちゃう。『江夏の21球』や」「なんでやねん」「ノムさんが江夏に、リリーフ転向に失敗したら俺の腕1本くれてやる。野球に革命を起こそう、いうて口説いたらしい」「転向と革命の見事なまでのセットやな」「それで革命はうまくいったんか」「江夏は追放された」「せやろ」

江夏の21球をリードした男。

江夏の21球をリードした男。

 

江夏の21球(1979)の少し前には高田繁がレフトからサードにコンバートされたなんて話もあって。元左翼か! 衣笠祥雄は保守…やない捕手から一塁、三塁と、こちらはマイホーム主義から左に向かってますわな。おあとがよろしくないようで。イチローはセンターより右しか基本的に守らんよってに保守や。なんでやねん!

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伊東静雄の次の詩、ご存じでしょうか。「ご存じですよね」って書きたいところですが、昨今はそうも参りません。

夏の終り

 

夜来の台風にひとりはぐれた白い雲が

気のとほくなるほど澄みに澄んだ

かぐはしい大気の空をながれてゆく

太陽の燃えかがやく野の景観に

それがおほきく落す静かな影は

……さよなら……さやうなら……

……さよなら……さやうなら……

いちいちさう頷く眼差のやうに

一筋ひかる街道をよこぎり

あざやかな暗緑の水田の面を移り

ちひさく動く行人をおひ越して

しづかにしづかに村落の屋根屋根や

樹上にかげり

……さよなら……さやうなら……

……さよなら……さやうなら……

ずつとこの会釈をつづけながら

やがて優しくわが視野から遠ざかる

伊東静雄『反響』より。(伊東先生、三島君、すまない。詩集から個人的にPDF化したものから引きました。あんな単行本は持ち歩けませんて)なお仮名遣いは歴史的のまま。漢字はさすがに現代人には読みにくいため常用漢字に書き改めました

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これ、誰が誰/何に「さよならさやうなら」してるんでしょうね。また、夜来の台風は戦争の謂いでしょうか。それとも、そう見せかけた、何か別のもの?

伊東静雄が終戦によって転向したのかしていないのかはけっこう大きな問題だと思います。あ、昭和21年8月発表の詩です(←驚いてくださいねw)。70年前。日本の常民の夏の原風景は、変わっていないんです。俺はこの詩を1980年ごろに学校教科書で読んでいますが、ついこの前の夏休みの終わりの福島か山形辺りの、縦横に長い県を南から北に走り去る入道雲のイメージだとばかり思っていました。1946年の詩だと知ったのは35歳を過ぎてからです。

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で、雲=伊東は、変わらないままに、優しくさよならをするんですね。

戦前的価値観が天皇人間宣言(1946.1)によって覆された? うそだらう。そんなのぢやない。俺の中の太宰が激怒しています。とかとんとん(1947.1)。

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答えはないです。すみません。ともあれ、終戦直後の、決定的局面に詩人が夏の印画紙として反応した、最高の詩の1つだと思われます。異様なまでに美しくて、わからんのですよ。三島(伊東の弟子ですわ)の絶筆「豊饒の海」のラストに、ひょっとして連なってくるのかなと、思うことはあります。

(だめだ、落ちなかったw)

伊東静雄詩集 (岩波文庫)

伊東静雄詩集 (岩波文庫)

 
伊東静雄詩集 日本の詩人

伊東静雄詩集 日本の詩人