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illegal function call in 1980s

1980年代のスポーツノンフィクションについてやさぐれる文章を書きはじめました。最近の関心は猫のはなちゃんとくるみちゃんです。

面倒くさくていい(改題)

何のためにものを書くのか。

kikumonagon.hatenablog.com

好きです。この「面倒くささ」、やっぱり id:kikumonagon さんの感性は、純度が高い気がします。

必ず、行き当たります。行き当たらないで低いレベルで「うぇーい」やってる連中もいますけれど、そういう輩はそのうち書くことをやめていきます。書くことよりも、お金や、遊ぶことの優先度が高い人が、ブログを道具に使うわけですから当然の帰結です。

次のようにもいえます。

逆説的ですが、書き続ける人は、書いたりやめたり迷ったりしながら戻ってくる人です。たぶん。だって表現って大変ですからね。それこそ、兼好爺さん以来、みんなこのテーマの前に一度は―というのはよくある面白味のないレトリックで―毎回、躓きます。毎回です毎回。一例だけ引きます。

 ぼくが山際さんに最初に会ったのは、ちょうどこのころだった。たまたま同じ雑誌に原稿を書いていて、その雑誌の編集者に紹介されたのである。じっさいそのころの山際さんは、つぎからつぎへとじつに精力的にいろんな仕事をこなしていた。
 一方、ぼくは山際さんと反対で、仕事はなるべくしないようにしていた。それはいまも変わらないが、書くことの苦しみを思うと、書くまえにいやになってしまうのである。
 それからしばらくして、ぼくはある出版社から、プロ野球の人気球団をいくつか選んでファンブックのような文庫本を作りたいから、そのうちの一冊を担当してくれと頼まれた。山際さんもべつの球団の担当を頼まれていた。
 あるとき、山際さんに会ったので、ぼくはこの仕事は気がすすまないので断るつもりだといった。すると山際さんはわずかに年下のぼくをたしなめるようにいった。
 「エビちゃん。仕事はどんな仕事でも断っちゃ駄目だよ。一緒にやろうよ」
 ぼくはその仕事をやることにした。むろん山際さんにそういわれたからである。

海老沢泰久による「解説」(山際淳司『ウィニング・ボールを君に』角川文庫P.319-320)

dk4130523.hatenablog.com

もっと本質的に、なぜか。それは表現は読み手(読者)を必要とするからです。承認欲求? ちがう。そんなどうでもいい言葉が被せられる以前の自意識の風景の話を、おじさんはしている。そもそも対話というのは、1人ではできません。1人でやれたら、やり続けられたら精神に異常を来します。もっと端的にいうと、表現するのは、寂しいからです。そしてそれだって別にメンヘラじゃない。

しゃべるよりも、友達とわいわいがやがやするよりも、書いたものを通じてコミュニケーションをとるほうが、自分のこの部分には、自分によりよくフィットすると感じる種族が、いる。(それは、枕草子以来の、繊細さの発露です。例の香炉峰にしたって、清少納言は中宮定子と実際にはやり取りをしていない、妄想だという説だって成り立つかもしれない。書いたほうが、定子様への気持ちがより輪郭をとって、盛り上がるからね。)(いや、そりゃひとことふたことはね。実際にもあったでしょう。でも、それと、それを記すことは、次元の違いがある。定子様のことを好きじゃなきゃ、書かない。清少納言は、太陽に向かって書く人です。枕草子はラブレターだから。)

自称でも他称でも人を総体として「面倒くさい」というような評価は、ある時流に乗った、1980年頃を端緒とする「ネアカ」「ネクラ」の二分法以来の、僕にいわせれば、時代の病です。話すことだって、書くことだって、誠実になろうとすれば、面倒くさいんです。「うぇーい」とか「マネジメント経験で知った7つのこと」とかやっていて話が済むのであれば、そりゃ簡単です。そのとき、俺は、と(ぼそぼそと)立場を表明したい。単純化する精神に、断固反対する。なぜなら、文化や表現というのはノイズであり、どうでもいいことであり、雑多な声であり、そのなかに光る共鳴、共感、理解、「あはれ」「をかし」「おいしい」「にゃあ」それらを慈しむ精神の総体を指すからです。

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文学(史)の潮流も(僕の見立てによれば)そうなんですよ。id:kikumonagon さんは、確か文学方面に関心の高い方でしたね。もし大学に進まれて、文学を専攻するのでしたら、どうか忘れないでください。大文字の「近代文学」は、世界史的にみて、袋小路に行きあたっているといわれています。「近代文学」とは何かの話は超面倒くさいのでしません。国民国家や学校教育制度によって脳を洗われて何となくこれが文学だと仕込まれた、あの謎の缶詰のようなもの。卑近で卑怯な引き合いの出し方をしますが、たとえば、井上靖山本有三司馬遼太郎。あー口にしちゃったよ。だって俺大嫌いなんだもん。(司馬遼太郎はまだいいけどね。えねーちけーの取り扱う手つきがダメなんだな)いやなにおいがする。うへぇ。立身出世、通過儀礼、歴史の通俗化、友情、努力、勝利。「ジャンプ」か。いや、(昔の)ジャンプはいいんだ。

近代国家というお国から、いかにもほめられて文部省から無害無臭のスタンプを押してもらえるようなもの。そういうのから、雑多で多様でたまに「たべるときけん」で、でもわくわくするようなもの。そういう方向に、文学は向かっている予感がする。それはひょっとしたら近代文学それ自体を解体して、もっとむかしの「語り」に、戻っていくのじゃないか。さしあたって「随筆」「随想」「エッセイ」「断章」「短編」「迷信」「言い伝え」「噂話」その「オムニバス」といった形を、その潮流はとるはずである。世界文学でみれば、ラテンアメリカから世界を穿つ綺羅星ガルシア=マルケス。(従順な犬的なものから、とらえどころのない猫的なものへ。)

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だって「はてぶ」のごった煮、面白いよね。

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以上がおじさんの持論です。ただ、僕の場合には、もう1つ、転機となった個人史上の事件があります。別のときに書こうと思ったけど、いま書こう。彼が、きっと喜んでくれると思うからです。

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彼というのは、よよん君のことです。

かつて、前にもこそっと書いたけど、僕はこの関係者に取材を行っていました。そのアウトプットは、最終的に、近代的なノンフィクションの形式をとって、原稿用紙200枚くらいになった。俺はいわゆるノンフィクション作家になりたかったからね。現在の2016年から、干支ひとまわりほど前のことです。

2人の主人公のうちの1人(もう1人はもちろんよよん君)である「血液グループ」先生は、こうおっしゃっていました。

彼(よよん君)は、いまでも、わしらの中を、ネットの世界をゆるく流れている。わしはそれを忘れないだろう。一連の出来事のあいだ、いろんな連中が、わしに対していろんなことを書いた。自分にもわるいところはあった。でも、ひとつだけはっきりしていることがある。このスレッドは、自分のための場所だった。よよん君、ありがとうね。

非常に、複雑でさわやかな(なんだそりゃ)含みのある、ことばです。

実際に臨床に携わった主治医の先生にもインタビューをしています。次のようにおっしゃっていました。

血液内科医の仕事、そして骨髄移植は、いってみれば元々100あった造血能力を、切ったり貼ったりしながら、どうにか60や70に戻す仕事です。そこには意味がある。困っている患者さんがいる。手助けができる。寛解に至ることも、至らないこともある。誇りも、自負もある。

それでも、たまに、芸術家の仕事は、うらやましいと思うことがあります。僕らの仕事は、もともと形あったものを、もとの形に修復すること。芸術は、形をとっていなかった、ゼロのものを、1という形にできる。

大変だと思いますが、ぜひ、がんばっていい作品にしてくださいね。

頭を抱えましたね。そんなに、いい仕事じゃないんですと、にこにこしながら(いついかなるときにも笑顔を絶やさないのはインタビュアーの基本でござる)、内心は虚を衝かれた思いがしました。

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そして、僕は200枚の原稿の推敲を、いまだに続けています。世に出すことはないかもしれません。2部印刷して、1部は自分の推敲用に、1部は山形の月山に持って行って、供養し、火にくべていただきました。うまく説明できないんですが、頭がおかしくなっていたのかもしれません。それが、「ネットの世界をゆるく流れている」よよん君にメッセージを送るベストの方法だと、そのときの僕は思ったんです。そして、お札をいただき、一部始終を絵葉書に記し、お札を同封して、鶴岡の名物(地元でとれる魚の佃煮か何かだったかな)を添えてよよん君のお母様にお送りしました。「ようちゃんのために、どうもありがとう。おおきに」と、喜んでくださいました。

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以来、よよん君の命日である10月2日には、彼のお墓がある京都まで極力足を運ぶことにしています。お母様にも、ご家族にも、そのことはお伝えしていません。面白いのは、たまにね、だれか別の人のものと思われる花束が2つ3つ供えられていて。だれのものだろう、ひょっとして、なんて思うことがあります。

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いま、id:kikumonagon さんの記事に触発されて、お礼のつもりでこの記事を書きました。そうして気付いたのは、僕は僕のためのよよん君の物語を書く行為を通じて、何かしら次のステップに進んだのかもしれないということです。そして、それが、仮にどこかに発表して、商業流通に乗ってしまうことを避けている節が自分にもあることがわかった。僕は、id:kikumonagon さんには、なぜかこの話がしたくなったんですね。そして、よよん君(享年22)は、そのことを喜んでくれるのではないかと思いました。

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昨今、「面倒くささ」を感じることすらなく、安易にメッセージを発信する猛禽が増えています。かつて近代商業印刷市場が日本に立ち上がったとき(端的なその表れは昭和初期の「円本」)、芥川(龍之介)は大変なショックを受けたと聞いたことがあります。文章の流通コストが下がることは、直接的には芥川に入ってくる原稿料の下落を予感させる。と同時に、悪貨が良貨を駆逐することに対する、世慣れしていないインテリのナイーブな恐怖というのがあったのではないかと、これは何人かの研究者もいっています。あるいは、これらと、作家としての行き詰まりが、芥川を例の漠然とした不安に向かわせたのかもしれない。

でも考えてみてください。芥川は以来ずっと芥川の地位のままでしょう?

やっぱり面白いんですよ。

そしてこれからたとえば「羅生門」の地位が、たとえば又吉直樹とか押切もえ(えーい、忌々しいw)とかによって相対的に下がっていくことは、まず考えられない。猛禽が暴れてるように見えるのなんて、それこそ一瞬。「花火」? 「火花」? そんなもんなんです。

又吉も、もえちゃんも、一生懸命に書いていますけれど、そんなのは文章を世に送るんだから当たり前の話です。それとは別の次元で、「面倒くささ」を通過していないように読めて仕方がない。書いて出せば儲かる、書けば伝わると、編集者に励まされている。それで納得しちゃってるんだろうな。阿呆め。そんなわけあるか。海老沢泰久のように、だれが何といおうと面倒くさいことは面倒くさい。そっちが本当ではないかと思います。僕の話も、面倒くさいでしょう? すまないねえ。

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でもね、賭けてもいい。200枚の推敲中の原稿の中身よりも、京都の駅を降りて、秋の日差しに照らされながら、うねうねした、西陣の機織りの音が遠く反響する塀の町で、お花を買いながら、目にするもの、これからよよん君に会って何を話そうかと考えている僕の頭の中は、これは(自分でいうのも何だけれど)かなり面白い(笑)はず。「なぜ書くのか」「なぜ話すのか」決まってるからね。何をどう話したら、よよん君が喜んでくれるか、そればかり考えている。

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長くなりました。こちらからは以上です。そうだ、いつの日か、オフ会を企画しますので、よよん君のお墓参りに行きませんか。