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illegal function call in 1980s

1980年代のスポーツノンフィクションについてやさぐれる文章を書きはじめました。最近の関心は猫のはなちゃんとくるみちゃんです。

猫は知っていた(夕餉のホマレ姉さんスペシャル)

11/7 夕餉

お嬢とともに、ホマレ姉さん(id:homare-temujinスペシャル。

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  • かぼちゃスープ
  • レタス豆腐のサラダ
  • 葉つき人参と春菊のかき揚げ
  • 小松菜の菜飯
  • 里芋の炒めもの

 

うまい。ぜんぶおいしかったけど、葉つき人参と春菊のかき揚げは、こんなにおいしい人参と春菊ははじめてっていうくらいにおいしかった。俺は人参とか春菊とかセロリとかパクチーとかあれ系の香りが苦手なのだ。だがこれはうまい。お嬢いわく「おいしい。新しい味がします。これは可能性が広がります」。御意。

www.homarecipe.com

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調理していて気づいたのは、香りの高い野菜とおいしいレシピは、人を元気にさせるということです。いい尽くされた観があるけれど、エコシステムに戻るんです。おいしくて安全な野菜、それを手早くきれいに仕上げる献立(と、それができる人がいるということ)、香り、みずみずしさ…。食器は反省するなあ。だってさ、ここに越してきて、イトーヨーカドーで形ばかりの食器を揃えたときには、ここまで自分でするとは思わなかった。それに実家の焼き物は震災であらかた割れちゃったし(うち震度6)。

食器は、これからがんばる。うん。

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姉さんすごいなあ。あらためて思う。クックパッドとか参考にするけど、食文化ってレシピだけじゃないからね。キラキラ文字的なものや、ちょっとした荒い言葉遣いで紹介されたレシピは、お里が知れるというか、「ああ、こう人たちが作っているんだ」と思って引くことがある。

今しかないものを食べるのは、誰にもできる小さな贅沢だとホマレ姉さんは思います。  

有機野菜農家が教える、大根の葉っぱの美味しいレシピ - 今日、なに食べよう?〜有機野菜の畑から~

うん。はい。旬って、どこぞの誰かやメディアが作り出すものじゃないからね。身近な自然にふと目を止めて、いましかないものに気づいて、慈しんで、推しいただく感覚。それが、実は必ずしも誰にでもできるものではなくなってしまったところに、近代は道を誤った、という感じは僕にはずっとある。姉さんのレシピと行間には(なぜかはわからないけれど)、その、僕がなくしてしまった、特に野菜たちのエッセンスとシルエットが、いまも息づいている。

考えてみれば、これは相当にすごいことだとおもう。僕だけじゃなくて、ねこちゃんも、きっとそのことを知っている。「くんくん(=^・・^=)」

 

猫は知っていた (講談社文庫 に 2-1)

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(追伸)かぼちゃのスープは温めなおした2日目もおいしかった。菜飯は、姉さんも書いているように、小松菜もいける。これはもう、かなりいける。

(追々伸)野菜かき揚げのタレのレシピが知りたい。塩で食べておいしかった。しかし贅沢を知ってしまったからには、ここはひとつ丼でもいきたいのである。

(追々伸)八つ頭(里芋)は、泥を落とし、茹でたての衣かつぎの衣をつるっと剥いで、そこに手作りの味噌かお醤油を垂らしてたべると、もういましかない、明日世界が終わってもいいとおもうくらいにおいしい。10歳(1983)のころには、北関東の郊外の二種兼業農家でもそういうのが日常にあった。なぜいま俺の手元にないのか、ねこちゃんから反省文の提出を命じられている。困った。