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illegal function call in 1980s

1980年代のスポーツノンフィクションについてやさぐれる文章を書きはじめました。最近の関心は猫のはなちゃんとくるみちゃんです。

たまねぎ理論序説

お題「我が家のペット」

脇を締め気味にして、肘から先の両手を前に出す。まず親指と親指の先を軽くあわせる。手首はつけなくていい。次いで人差し指と人差し指、中指と中指…先端を軽く合わせて揃えていくと、両の小指の先が触れたところで、たまねぎを半分にしたようなドームができる。

自我の構造って、こんなかな、って思う。

幼いころはドームの中で飛んだりはねたりする。ドームを内側から傷つけてしまうこともある。ドームを支える手の持ち主(多くの場合、それは親だろう)は大変だが、手の甲が外界から受ける風雨に比べたら、ものの数ではない。

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やがて骨組みは朽ちていき、我が身を守ってくれていたドームの覆いは、消えていく。それまで中にいた子は、世間の風に、自分の才覚で向き合わなければならなくなる。16歳から18歳か、あるいは25歳くらいまでに、多くの人が経験することだろう。ドームの運営に、掌が1つで足りなければ、別の人から手を借りることもある。人の場合、掌ドームの耐久年数は、30年くらいだろうか。うまくすれば、もっと長いかもしれない。

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ひとりで、屋台骨を支えていたところに、借りるには額の狭い、柔らかくてふさふさするいきものが入ってきた。それも、ふたりである。入り込んできてくれた理由はよくわからない。ただ、大変にかわいい。そして、ふたり(特にそのうちのひとり)は、実によく動き回る。掌をキックしたり、ときには親愛を込めて、すりすりしたり、舐めたり、思うように這い上がれないときには軽く爪を立ててくれたり。

ともあれ、考察は、正しかった。たまねぎの内壁の傷など、ものの数ではない。

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ねこの生涯は、どんなに長くても25年から30年という。それならば、間に合うはずだ。ふたりはこれから生涯、外に出ることはないだろう。通院を別にすれば、断じて出すものか。たまねぎの外壁が崩れたときに、タイルを1枚ずつ積み直し、塗り合わせるようなしんどい思いを、君たちには決してさせない。代わりに、次の代に生をつなぐことをできなくしてしまったけれど。

はなちゃん、くるみちゃん、それが下僕のエゴだと指弾されるのなら、俺はいくらでも甘んじて受けるつもりだ。

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うちの婆さんは孫を授かったときに、一切の苦労をさせまいと、孫は生涯たまねぎの内側で自分が守るのだと、志を立てた。だが自然の摂理には叶うすべもなく、道半ばにして、不肖の孫がたまねぎの外壁の補修の一部を引き継ぐこととなった。いま、婆さんが生きていれば、猫よりも嫁を(あるいは孫のために自分が見つけてくる)といったはずである。大正生まれの倫理は、「猫は畜生」であった。飼い猫のことはとてもかわいがった。だが、畜生はあくまで畜生にすぎない。むずかしい。

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つらつらと書き連ねながら、俺は、できることなら、自分を守ってくれた人たちのたまねぎになりたかったのかもしれないと、ねこたちに目を移して、そんなことを思った。

ご飯の時間がやってきたようである。