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illegal function call in 1980s

1980年代のスポーツノンフィクションについてやさぐれる文章を書きはじめました。最近の関心は猫のはなちゃんとくるみちゃんです。

素材の旨味をひきだすテキスト ANA「翼の王国」と「おべんとうの時間」に寄せて

石垣島に行って戻ってきました。ほんとうは鳩間島まで足を伸ばそうと思ったのですが、台風21号の進路にはまってしまって、石垣の離島ターミナルで断念しました。航路は、こんな感じで出ています。

www.isigakizima.net

それでも非常に実りの多い旅でした。

2つ、素晴らしいテキストに出会いました。そう書くと、石垣には実りが少なかったように読めてしまうかもしれませんが、そんなことはないです。石垣島は、いつ訪ねても、都心に染まった全身の穢れを雪(そそ)いでくれる特別な場所。沖縄本島とはまた違った趣きがあります。

テキストのひとつは、山田風太郎

 

秀吉はいつ知ったか (ちくま文庫)

秀吉はいつ知ったか (ちくま文庫)

 

 山田風太郎もほとんどぜんぶ読んで、目新しいものは残っていないんですけどね。でもこれはよかった。僕はどんなに短い旅でも、旅の前日か前々日に書店に立ち寄って機内や移動中に読む本を仕入れる習慣があるのですが、船橋市の、ふらっと立ち寄った書店にこれがあった。いまどき山田風太郎があるとは珍しい。だいたいないです。ここで書店の悪口を書くとすれば、まあ昨今はどこもひどい。愚にもつかないノウハウ本を並べて何が楽しいのかわからない。地元でも、旅先でも、呼び寄せられるようにしてふらっと立ち寄った書店に山田風太郎か、岡本綺堂が1冊でもあれば、救われたような気持ちになる。

閑話休題

船橋駅前のときわ書房さん、これからもときおり立ち寄ります。

山田風太郎のエッセイなど読めたものではないと、20代30代のころは思っていました。知識も戦中体験も豊富だけど、思想は似たようなところで立ち止まっているし、昭和晩年に入ってからの身辺雑記も、聖蹟桜ヶ丘を早朝散歩する似たような話ばかり。何がおもしろいんだと。

何が変わったんだろう。うん。変わったのは、俺だ。おもしろいよ、「甲賀忍法帖」「魔界転生」「戦中派不戦日記」以外の山田風太郎。主だった代表作を読んだ上で、身辺雑記に目を走らせると、戦争から40年が過ぎた昭和の日常に、ふと、戦争の傷跡が見えてくる。似たような話を繰り返しているんだけど、そんな儀式めいたことをしながら、微妙に違う言い回しで、同じ何かを手繰り寄せようとしている。

この感じ方はどこかで覚えがあると思ったら、山田風太郎(1922-2001)、我が爺さんと生没年が似通っていることに気づいた。田村隆一(1923-1998)とか、江國滋(1934-1997)とか、平たくいえば、戦争に突っ込まれた大正デモクラシーの屈折とダンディズムに、俺は弱い。

*

ANAの国内線に乗ると、アップルジュースを飲んだあとは映画があるわけでもなくやることがないので、「翼の王国」に手を伸ばすことになる。機内で読もうと思っていた山田風太郎は、前の晩と、往路の羽田行きバスの中であらかた読み終えてしまう。意思薄弱な俺である。

www.ana.co.jp

翼の王国」、読みどころはただ1点、阿部直美さん(文)と阿部了(写真)さんの「おべんとうの時間」である。

べらぼうにすばらしい。

どのような基準で選んでいるのかは知らないが、日本の各地の、普通に働くその辺の老若男女をつかまえて、お弁当を見せてもらい、まつわるエピソードを聞き語りにする。見開き2ページの右側がお弁当の写真、左側がその人の語り。これにコンテンツの表紙がつく。

2015年10月号。北海道標津郡標津町の船長、小野瀬静さんのお弁当から、1節を引用する。

土日は、おったん(孫の愛称)が「じいちゃん、何時頃港サ着くの?」って携帯に電話くれるんだ。港サ入る時、遠くからでもわかるのよ。お、いるぞって。そしたら嬉しくってさ。岸壁に船着けるとすぐに、おったんがロープかけるんだ。俺は、お客さんから銭こ貰わねばなんねえから、それやってる間、おったんが船を水洗いしてけるの。ホントに、めんこい孫だ。俺さ、母さん(奥様のこと-引用者注)がせっかく作ってくれたおかずを、船で食べられないことがあるの。そうすると陸(おか-引用者注)に上がってから、弁当のおかずで一杯やるわけさ。

ANAグループ機内誌『翼の王国』2015年10月号、No.556、P.91)

ちなみにいえば、阿部さんの本作のテキストは毎回全編この調子である。だれだれに取材した、とか、どこそこを訪ねた、そこにはこんな歴史があってこんなにすばらしい、さて、云々の能書きは一切ない(ここ点々打って)。小野瀬さんの語りで入って、徹頭徹尾、小野瀬さんの語りである。簡単なようで、これがなかなかできることではない。近代のノンフィクションでこれに成功しているのは、ぱっと思いつく範囲で、宮本常一土佐源氏」くらいしかない。沢木耕太郎「檀」は、惜しいところまで手がかかっているが、作者沢木の自意識が邪魔をしてダメである。高村薫「晴子情歌」は名作だが、あんまりおいしくない。山際淳司「背番号94」は、夏の暑い盛りには読めるが、それでも、おいしいとはいいがたい。

oh-bento-labo.com

少し調べたら、阿部さんご夫妻に魅入られている方はいるとみえて、なるほど、すばらしい。いちどお会いしに行きたい。実際、「翼の王国」では人気ナンバー1のエッセイとのこと。

*

上の引用には、実は続きがあります。

おったんが、家まで車を運転してけるから、じいちゃん安心なんだよな。

(前掲書、同じ箇所から、上の引用の続き)

「めんこい孫」が成人していたとは。だまされた(笑)。

おじいちゃんにとって、お孫さんはいつまでも小さい孫のままの視線と形容が出てきてしまう存在ということが、しみじみとよくわかります。そんなふうに僕は感じました。

阿部さんが意図してこれをやったかどうかはわかりません。が、その辺りを含めて、聞き上手な、実にすばらしいライターさんです。「おべんとうの時間」未読の方は、これを機にぜひ手にとってみてください。そういいたくなるテキストです。

 

おべんとうの時間

おべんとうの時間

 

 

おべんとうの時間 2 (翼の王国books)

おべんとうの時間 2 (翼の王国books)

 

 

おべんとうの時間 3 (翼の王国books)

おべんとうの時間 3 (翼の王国books)

 

 

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