2115
春が近いので木村拓哉の「盲目剣燕返し」の話をしようと思いながらキッチンに立っていた。むろん蕨はない。何のこっちゃわからない人は読んでほしい。木村拓哉でも藤沢周平でもない俺は、蕨の代わりにキャベツを千切りにしていた。春キャベツとか新タマネギとかは何をどうしてもむやにみうまくて困る。
2120
キッチンは、はな姫さまのいらっしゃる出窓の背中、住まいでいちばん遠い同士にあたる。俺は春キャベツの千切りを終えて手をふき、ふらふらと窓辺のほうに歩いた。窓辺の手前にはPCデスクがある。「はなちゃんはなちゃん」と口ずさみながら(きもいのは重畳でござる)。出窓のほう(そこには猫タワーがあるのだが)を見やると、するすると動く白と黒の毛皮。
はなちゃん「え?」俺「え?」予想外の事態に両者目を合わせたまましばし固まる。超気まずい。ふだん俺がキッチンにいるときにはカーテンの向こうから出てこないのに。ふーむ、お土産に買ってきて猫タワーの脚に据えた、ネズミのふわふわするおもちゃを気になさいますか、姫。(しめしめ)
2121
はなちゃん出窓の別荘に隠れる。俺の心拍数が下がる。そういえば、これとよく似た感情を俺は知っている気がする。
千春のサングラスでは恋心がなえる。びっくりして固まる、はなちゃんの写真を撮り損ねたのは不覚というほかにない。代わりに今朝、出がけの1枚を添えることにしよう。