illegal function call in 1980s

1980年代のスポーツノンフィクションについてやさぐれる文章を書きはじめました。最近の関心は猫のはなちゃんとくるみちゃんです。

Yes, it's me that you talked to.

 藤沢周平蝉しぐれ』の解説で秋山駿(1930-2013 秋山駿も他界したとは)が、自分にとっての時代小説は五味康祐あるいは柴田錬三郎の死をもって終わった、新しい作家のものには手を出さなくなった、しかし藤沢が少年の心を自分に甦らせてくれたという趣旨のことを記している。まったくその通りだと思う。

蝉しぐれ (文春文庫)

蝉しぐれ (文春文庫)

 

 俺にとって江戸物は山周、池波、そして藤沢の時代をもって幕を下ろした。藤沢の次が見つからないままに15年以上がたつ。もはや諦めと遡行の境地である。山本周五郎に戻り、池波正太郎とともに江戸を散策する。ちなみに司馬遼太郎坂の上の雲にたどり着けないのがわかっているのに話を引っ張るから同行したくない。浅田次郎山本一力など言語道断。そんなふうにしてやさぐれた魂がようやく見つけた戻り先は岡本綺堂『半七捕物帳』であった。半七に明治大正の美しい語り口が残されているかぎり俺は生きていける気がする。ぜんぶ読んでしまった拙速がわれながら悔やまれる。

半七捕物帳〈1〉 (光文社時代小説文庫)

半七捕物帳〈1〉 (光文社時代小説文庫)

 

 「そんなに読み急ぎ、生き急ぎをすると人生損よ」と母親はよく笑って諭してくれた。いいつけを守らなかったのは、書物は別腹で望むだけ買って、一緒に読んでくれたからである。おそらく今後も守ることはないだろう。

 綺堂の話はまた別の機会に。きょうは先日触れた「日本エッセイスト・クラブ」に関連して、いましがたこき下ろしたばかりの山本一力の名誉のために1作触れておきたい作品を持ち出す。

 「イエス、イッツ・ミー」という。

象が歩いた ’02年版ベスト・エッセイ集 (文春文庫)

象が歩いた ’02年版ベスト・エッセイ集 (文春文庫)

 

 山本は生まれ育った高知から少年期に東京渋谷に転居、転入する(1962)。田舎のことばを残す中学生は都会の学校にうまくなじめない。その屈折は彼を英語に向かわせる。アメリカの女の子が日本のペンフレンドを求めているという話を聞きつけて応募するのである。ペンフレンドの名前はパム(パメラ)といった。しかし問題があった。ペンフレンドを見つけたはいいが英語が書けない。山本少年はそこで、近所の米空軍の家族住宅(ワシントンハイツ)で新聞配達のアルバイトを始め、日本に滞在するアメリカの子供たちと親しくなって簡単な英会話と文法を習うのである。

 そうして習い覚えた英語をパメラへの手紙に記す。なんと返事は本当にやってきた。写真も入っている。少年はワシントンハイツとパムの写真からアメリカの暮らしの豊かさを知る。ケネディのことも、ベトナムのことも。

 パメラと山本との文通はいらいずっと続いた。途中、何度かの断絶があったが山本を動かしたのは主にパメラの一途さと熱意であったろう。

  高校卒業後、わたしは社会人になりパムは大学医学部に進学したが、文通は続けた。しかしわたしは結婚を境に書くのがおろそかになり、やがてまったく書かなくなった。住所が変わったことも知らせなかった。文通が途絶えたまま何年か過ぎたとき、アメリカ大使館から連絡を受けた。

 「パメラ・××(パメラも姓が変わっていた)というひとが、あなたを探しています」

 びっくりして大使館をたずねると、宛先不明でミズーリ州に返送された手紙の束を渡された。そうまでして文通相手を探してくれたパムに、心底から詫びた。嬉しくもあった。

 山本一力「イエス、イッツ・ミー」文春文庫『象が歩いた '02年ベスト・エッセイ集』所収P.18

 

 話はこれで終わらない。今度はパメラの側の結婚と離婚を機に、1978年のクリスマスカードを最後に音信が途絶えることになる。パメラは医者になり、忙しい日々が続いていたこともあったらしい。山本は山本で多事に追われ、23年の時が流れる。

 山本はある春の夜、PCの画面を眺めていて、ふとパメラのことを思い出してひらめく。西暦までは記していないが本作の掲載は「文芸春秋」2001年8月号であるから2001年4月のこと、その25日の未明の話である。

 「パムは医者になっている。ことによると、インターネットで探せるんじゃないか」

 すぐさま名前をキーワードで検索した。驚いたことに、六百ものレコードが表示された。21件目の記録が『×××・パメラ/医学博士/ミズーリ州コロンビア』と書かれていた。わたしは時差も考えずに電話した。

 つながった先は病院らしく、留守電である。

 「東京から古い友人を探して掛けています」

 わたしの名前とファックス番号を残した。もし当人ならファクスを欲しがっていると伝えて欲しい、人違いなら、お手数でもその旨そちらから教えていただけないか……と。

 翌日深夜、ファクスがガタンと音を立てて紙を吐き出し始めた。次第に文字が形となって行く。懐かしい手書き文字のわきに、ピースマークが描かれていて……。

 「イエス、イッツ・ミー」

 インターネットが仲立ちして、思いも寄らない贈り物を届けてくれた。いまは毎日のEメールが長いブランクを埋めてくれている。

前掲書P.19

 以上があらすじだが、今回の俺の文章には1か所おかしなところがある。山本がさらりと触れているにすぎない4月25日の年をくどく特定したことだ。首を傾げた方もいらっしゃると思う。お茶を濁すために楽曲をはさむ。


イエス・イッツ・ミー/エルトン・ジョン It's Me That You Need/Elton John - YouTube

 すまない。山本がアメリカの病院に電話をかけていたちょうど同じとき、俺は日本の片田舎で母親が息を引き取るのを、窓の外の葉桜を思いながら眺めていた。山本のほかの作品は正直、読むに堪えないが、だからこれだけは印象深い作品なのである。

 そういえば俺の母親は松本清張の暗い情念と岡本綺堂の品のいい文体、それから山本周五郎のほとんどすべて、をたかく褒めていた。1週間ほどまえに『蝉しぐれ』のラスト、牧文四郎とお福さまの交情と時代考証についてメールをもらい(これで俺はいちおう歴史学徒である)、何かを察知した放蕩の息子は病院に馳せ参じると、彼女のお気に入りだった宇都宮「三芳(みよし)」のあんみつを食べながら話し込んだ。それが本について交わした最後のやりとりだったと思う。

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 そんなわけで、宇都宮に足を運ぶ機会があったら餃子よりも三芳をおすすめする。「みんみん」「正嗣」の徒歩圏内にあって一息つくのに絶好の場所だ。むかしから地元女子高生のたまり場でもある。むかし女子高生だった人も多く含まれるので、想像力が問われる。

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