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illegal function call in 1980s

1980年代のスポーツノンフィクションについてやさぐれる文章を書きはじめました。最近の関心は猫のはなちゃんとくるみちゃんです。

そしてほとんどだれもいなくなった/向田邦子に魅入られた文士たちの弁

向田邦子の傑作は「父の詫び状」だなんていってるうちは学校教科書から出ていない。あれは名文だが「かわうそ」には敵うまい。「だいこんの花」「寺内貫太郎」「森繁の重役読本」「隣の女」。「父の詫び状」に惚れたのなら他の全作品を読むであろう。読まぬか。そうか。 

だいこんの花〈前篇〉 (新潮文庫)

だいこんの花〈前篇〉 (新潮文庫)

 

 

森繁の重役読本 (文春文庫)

森繁の重役読本 (文春文庫)

 

「黄昏流星群」(弘兼憲史)「失楽園渡辺淳一でいいのか君ら。「春が来た」のざわめきのほうがよほどエロいことを本当は知っているのではないか。それならなぜ渡辺淳一のほうにいく。断っておくが「だん吉なお美のおまけコーナー」はもうない。柏村さんなんて議員になったんだぞ。俺にもお前らにも帰るところはないんだよ。だから、これは君らの魂の安息のためにいうが、向田姉さんに戻ったほうがいいんじゃないのか。


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ここまで口説いてもだめであるか。そうか。

やむなし江國滋の力を借りる。ずいぶん迷ったが全文を引用しなければ伝わらないものがある。全文を引用する。

 一期一会というけれど、向田さんとの縁(えにし)は、一期三会か四会であったのだなあ、と考えることで、哀惜の気持を無理矢理になだめている。

 この対談が初対面だった。

 向田さんをよく識る多くの人たちがそうであるように、私もまた、初対面で、向田さんの人柄に惹かれた。こんな対談なんかではなくて、またお目にかかりたい、と思った。

 「ぜひぜひ誘って。あたし、遊ぶことが大好きだから、いつでもとんでいきます」

 にっこり笑ってそう答えてくれた向田さんの言葉に甘えて、あのころ私がいりびたっていたジャズ酒場に、何度かお誘いした。

 たのしい、たのしい、と向田さんは、いつでも上機嫌だった。私が自分から言ったわけではないのに、私が世界中のトランプを集めていることを、どこかで耳にされたとみえて、外国から帰ってくるたびに、親しい編集者を通じて、トランプを届けてくれた。アルジェリアのトランプなどという珍品もある。

 最後に頂戴したその珍品が、「思い出トランプ」になった。

江國滋「わたしの『思い出トランプ』」文春文庫『向田邦子全対談』所収P.56

江國香織ちゃんのお父さんだ。香織ちゃんの唯一の傑作が「デューク」であることは論を俟たないが、あれにはお父様の滋さんのセンスと血筋が色濃く出ている。デュークは落語と初夏と古代インドの細密画が好きで横顔がジェームス・ディーンにどこか似てる…ってそれお父ちゃんだろ。江國滋を画像検索するとろくなのが出てこない。これだから肝心なときにGoogleは役に立たないと俺は。   

つめたいよるに (新潮文庫)

つめたいよるに (新潮文庫)

 

 

向田邦子全対談 (文春文庫 (277‐7))

向田邦子全対談 (文春文庫 (277‐7))

 

魔法をかけられた対談者の面々を列挙する。 

昭和55年当時の当代17人衆(澤地久枝を除く)が向田邦子と対談した。男どもの全員が惚れている。目眩ましにあっている。とりわけ江分利満氏、あぐりさんの倅、ブラック=アングル先生、滋酔郎がひどい(ここ点々たのむ)。 

おい癌め酌みかはさうぜ秋の酒―江国滋闘病日記 (新潮文庫)

おい癌め酌みかはさうぜ秋の酒―江国滋闘病日記 (新潮文庫)

 

滋酔郎は辞世「おい癌め/酌みかはさうぜ/秋の酒」を残してうちの爺さんとほぼ同じころに同じ名医の病院でこの世に別れを告げた。落語と俳諧とトランプのマジックを愛した粋人であった。その彼が向田邦子に捧げたのが先の引用である。丸谷才一が「ファン」ということばを避けて「ベイスターズ贔屓」というのと同じく江國は「ジャズ喫茶」という煙ったい名詞は用いない。その江國をもってして向田邦子にやられている。メデューサか。山口瞳とその辺りの話をしてみたかった。 

思い出トランプ (新潮文庫)

思い出トランプ (新潮文庫)

 

そしてほとんどだれもいなくなった。