illegal function call in 1980s

1980年代のスポーツノンフィクションについてやさぐれる文章を書きはじめました。最近の関心は猫のはなちゃんとくるみちゃんです。

ディック・ブルーナとシスターのこと(・x・)

おれ(1973-)がものごころを授かって最初に手にした本は、ディック・ブルーナの「うさこちゃんのたんじょうび」「ようちえん」である。

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リンク先はクリック/読んでいただくまでもない。時間の無駄である。

ただ、うそじゃない、時宜を得た、何か気の利いたことがいいたいわけではないことを残しておきたかった。(おれは時宜には乗らない。むしろ好んで逆を行くタイプだ。)

げーてちゃんにあーはちゃん。かーれちゃんにさーるちゃん。きょうはおたんじょうかいのひです。

たしかこんな感じではじまるのだった。ちがっているかもしれない。

76年当時のうちは地方都市の郊外にしては珍しいリベラル/インテリぽい家で、スポック博士の育児書とか、朝日ジャーナルとか、聖書とか、諸橋大漢和とかがあった。たまたま近くにプロテスタントの幼稚園があり、おれはそこに入ることになって、そのバザーを通じて、福音館書店の刊行物が次第に面積容積をふやしていくことになる。いま気づいた。「うさこちゃんのたんじょうび」は1982年の発売だから、3歳のおれが手にしたのは「ゆきのひのうさこちゃん」か、その辺りだったかもしれない。

かように、思いでというのはいい加減なものである。

*

おれはようちえんが大嫌いだった。毎日お昼に白い牛乳を飲ませるからである。週に1回ある茶色い牛乳の日は好きだ。甘いからである。そこでおれは週に4回か5回、朝お出かけの時間になると家の門の前でひっくり返り手足をじたばたさせ抵抗する。泣く。わめく。

ポーズではない。ほんとうに、いやなのである。そこに受け持ちの大島先生が真っ赤なスカイラインに乗ってやってきて両親と結託しおれを助手席に引っ張り込む。大島先生は美人、ヤンキー、茶髪で情け容赦ないというその筋にはごほうびのような方で、おれが白い牛乳を飲み終えるまで別室に拉致監禁することもあった。

余談だがおれの卒園式のスピーチは「しろいぎゅうにゅうがのめるようになりました」である。シスターの園長先生がおれのおかっぱ頭をなでなでして、ひょうしょうじょうをくれた。そして「(おれ)くんは4がつからしないのがっこうにかようことになりました。それでも、みなさんはずっとともだちです」「はーい」と約束を交わした。それから、みんなで声を合わせて「マリアさまのこころ」を歌った。

その、地元ではうちよりも1世代か2世代早い、軍用地と雑木林と畑のほかに何もない荒地で、布教を行っていたシスターの園長先生が、おれがようちえんに来られるように、みんなと1日でも早くなかよしになれるようにと、ほとんど毎日のように電話や手紙をよこしてくれた。話の中で、そのころすでに本好きの素地を示していたおれのためにと、親に勧めてくれたのが、ナインチェ・プラウスと、いしいももこであった。

震災の前の年の秋、シスターが亡くなったとき、おれはすでに棄教していたがそのようなわけで馳せ参じて、お手伝いをした。むやみに涙がこぼれ、暗くなるまでその場に立ちすくんでいた。教えを棄てたのは間違いであったように思われた。いい大人が門の前でひっくり返って歯噛みをして地面を叩いた。何も起こらなかった。

*

震災のとき、いろんな著名人がいろんな動きをみせてくれた。おれはとりわけ3人、忘れないでおきたいと思う。江頭、シンディ・ローパー、そして、ナインチェ・プラウス。

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ようちえん (子どもがはじめてであう絵本)

ようちえん (子どもがはじめてであう絵本)

 

いつの日か、ユトレヒトに花を手向けに行きたい。

(私信)鎌倉市図書館

id:kikumonagon さん。

twitter.com

こちら、ただものじゃない。(たぶん、id:kikumonagon さんなら、きっとわかってくれるんじゃないかと思うけど…)ふと目にとまって、お伝えしようと思いました。

garadanikki.hatenablog.com

同じ鎌倉で、こちらも、ただものではない。私は、(IHゆえ)長く自らに禁じていた土鍋に、とうとう手を出してしまいました。

以上、私信です。

あるエール

すばらしい。

nanaio.hatenablog.com

フロントラインで耳目を集め、意義のある社会的活動を行うのは高野君に任せよう。俺は控えめに船橋で干ししいたけを野田琺瑯にちぎって入れるのが性に合っている。だがしかしだね、前に湯島のおっぱいパブに連れていったとき話したように、id:tonbonline は本郷には進むこと。いいね? これは脅しです。

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遠隔医療のイラスト(女性医師) | かわいいフリー素材集 いらすとや

さて、本題。

もうだいぶ前に、あるはてなーと飯を食った。そのときに聞いた話は、彼のお父様が離島で開業医をなさっていること。はてなーの彼は、お医者様の息子として生まれ、医学部ではないが隣接する分野を専門に選び、いまも大学に通っている。朴訥と雄弁が入り混じって、ことばを選び選び話す、誠実なけもなーである。

取材者の癖が顔を出し、お父様のことを根掘り葉掘りうかがった。プライバシーに触れるので、これ以上のことは記さない。ただ、おっぱいのないキャバクラに連れ出して、不用意に「人生長いんだから受験勉強の頭が残っているうちにお医者様を目指すのは戦略としてわるくないとおもう」というような、いわずもがなを彼に伝えてしまったような靄に包まれた記憶がある。ない。淡い。おっぱい。すまない。

*

よよん君のことを取材していたとき、何人{か|も}の医師、研修医に話を聞いてまわった。よよん君の主治医だったX先生にも何度か取材に応じていただいた。私はその人がその人なりのプロフェッショナルとしての人生をなぜ、どのように選んだのかに、多大な関心をもつタイプだ。それは俺自身が読書人という中途半端なインテリゲンチャであることに由来する。平たくいえば俺は話をきいて記して駄洒落をいうくらいしか世の役に立たない。立っていない。腹立たしくて屁もでないたあこのことだ。

彼ら、現役のお医者様、そして研修医のみなさんが口々にいったのは、大きく次の3点だった。

  • 血液グループ先生は、ある種のセカンドオピニオンの理想を実現している。自分にはとうてい真似ができそうにない。
  • その物語の1シーンを、血液グループ先生自身が漫画やイラストで描けるというのは、それが救いになっているのかな。(わし註:血液グループ先生はいまのことばでいう腐女子である)

まあ、ここまではわかる。取材メモを見返すと(もやもやとしていたことが、輪郭を形作ったのは、つい数週間前のことである…)、彼らのほとんどが、次の点に触れている。

  • いつの日か、離島/無医村で医療に携わりたい。(または、「研修医になりたてのころは、自分もそう思っていた」(X先生))

これが、長いこと、僕自身のことばとして、うまくいえなかった。

以下は、X先生の述懐。

自分も、研修医になりたてのころは、離島や無医村、僻地で医療に携わりたいという夢をもっていました。なぜかって? いちばんいいのは―もちろん技術と経験がしっかりしていることが前提だけれど―ある患者さんの生育歴、病歴を、幼いころから、生まれたところから、ぜんぶ知っていることなんです。どこで、何をたべて、家族はだれがいて、何歳のときにどんなけがや病気をして。小さい集落なら、それができる。

 

小中学校の同級生に、ひとりふたりは、医学部に進む友だちがいるでしょう。僕もいまはこうして大学で臨床と研究を受け持っている。もしいま、どこかの病院からオファーがあれば、部長待遇ということになる。そこで、僕は思うんです。『なぜ、生まれた街に自然に戻っていけるコースが(あるようで意外と)ないのかな』って。

 

血液グループ先生が、よよん君に、2ちゃんねる以外のところで(わし註:よよん君が仲間内で開いていたサイトと掲示板があった。血液グループ先生は、そこに顔を出していろいろ書き込むので「荒らし認定」を受けてしまう)根掘り葉掘り好きな食べ物とか、家族構成とか、ペットや彼女の有無とか、それまでの暮らしのことを聞こうとする。

 

あれは、僕らの目で見ると―手段はよくなかったかもしれないけれど―きわめて王道の入り方です。僕も、よよん君には同じことを聞いて、いろいろと話し合った。

 

だからね、血液グループ先生が、僕のところに電話をかけてきて、いろいろ聞き出そうとする。もちろん、基本のところには医師としての極めて厳格な倫理とプライバシーがあるから、僕もむやみには答えることはできない。仲間内の符丁で、『そう』とも『そうでない』とも、そこはうまく。

 

それで、あるとき血液グループ先生が僕にこういった。

 

『私がよよん君と同じ街に生まれて、かかりつけの医師をしていれば、白血病の兆しを見逃すことは、決してしなかった…そうなりたかった』『どうして、だれもがそうありたいと思っていることが、できないのでしょうね』

 

これには、僕も思わず、はっとしてね。

 

彼女は―もう、よよん君のご家族にお会いになったということはご存じですね。掲示板では『わし』なんて名乗っているけれど、女性の先生です―われわれ同業者の目から見ても、すばらしい資質をお持ちの方だと思う。もちろん、主治医は僕だから、その地位を明け渡すことはするつもりもないし、しなかったけどね(笑)。

 *

ということで、これは不定期に行う週末の取材メモの開陳。

そして繰り返しになるけれど、これは冒頭に記した、あるはてなーへの、個人的なメッセージ、エール。よってからに、落ちはない。受験勉強にいそしむ彼の励みになればと思い筆を執った次第。

dk4130523.hatenablog.com

*

(2003年春のメモ)

血液グループ先生は、現在、東京の西のはずれの病院で、雇われ院長をしている。2ちゃんねるには、来ていない。

くーちゃん

とってもかわいく、よく撮れました。

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くーちゃん。ちゅきちゅきー

(右は優雅なフリッカージャブの構え。くーちゃんのそれは、けっしてねこちゃんや人を傷つけることがないという)

間柴了 - Wikipedia

あの人どうしているかしら(小林幸子)

ご返事が、少し遅くなりました。このエントリーは、主に季雲納言さん(id:kikumonagon)に向けて書かれています。

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ドラえもんの長編映画はかなりの数に上ります。その中で僕がいちばん好きなのは「のび太の宇宙開拓史」。

ドラえもん のび太の宇宙開拓史 - Wikipedia

リメイクじゃないほう(1981)ね。

のび太の部屋の畳の下が、異空間とつながります。例によっていろいろあるんだけど、要はあちら側の世界の諸問題を解決するお手伝い。と、片付けてしまっては申し訳ないので、よろしければみてほしい。

あちらの星の事情は、とりわけガンマンのび太の活躍によって、うまく収まっていく。のだけれど、一方で、そうこうしているうちに、異空間との結びつきが次第に弱まっていく、はじめのうちは、畳を返してそのまま飛び込めば行き来が出来たのが、やがてタケコプターを使わないと渡れないようになる。

のび太くん、お世話になったね。ありがとう。君のことは忘れないよ。さようなら」

異空間との接続がとだえる前に、ロップル君とチャミーはそう手を握って、それからのび太ドラえもんに手を振る。おれ(7)、だだ泣き。

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当時7歳(8歳になる直前)だったおれは、家に帰って、ロップル君とチャーミーに「いま、どうしていますか。ロップルくんとチャーミーには、のび太くんとドラえもんのことを、ずっとわすれないでいてほしいです」という手紙を書いた。親が東宝に送ってくれたら、後日、ポスターと、エンディングテーマを作詞した武田鉄矢(歌は岩淵まこと)のブロマイドが入った封書が届いた。

おれは何でそんなものが届くのかわけがわからなかった。おれがほしかったのは「お手紙は、大山のぶ代さんと藤子不二雄先生が、ひみつ道具を使って、ロップル君とチャーミーにちゃんと届けてくれました」という、そのひとことだったのに。

なぜものを書くのか。だれに読んでほしいのか。書き手は何を求めるのかというテーマが頭をよぎるたびに、このトラウマがおれの心をよぎる。被弾した金八には申し訳ないのだが、おれは以来、武田鉄矢がにがてだ。

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ロップル君のことが頭に引っかかって忘れられないおれは、後日、親にいって映画の解説ムック本(で、いいのかな)を買ってもらった。おれはなんどもなんども、のび太ドラえもんがロップル君やチャーミーたちとなかよく星で過ごしているシーンを読み返し、そこで手を止め、閉じた。おしまいのお別れのシーンはつらいのでほとんどめくらなかった。

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時は無為のまま流れた。

しかし、おれはいまでも、大人になったロップル君とチャーミーが、遠い星のどこかでその星の平和を守り、幸せにすごし、そろそろ子や孫にめぐまれて、その執務室のデスクの上には、のび太ドラえもんの色あせた写真が飾ってあると、夢想することがある。たぶん飾ってあるだろう。

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この話、ほんとは、近代読者の成立(前田愛)とか、いろいろ引こうと思ったんだ。書きかけた。でもそんなのつまらないからね。遅くなった理由は、それです。

あ、前田愛(女優さんと同じ名前をした国文の重鎮おっさん。師匠筋からのまた聞きだけれど、柔和な方だったそうだ)は、おもしろいよ。 

近代読者の成立 (岩波現代文庫―文芸)

近代読者の成立 (岩波現代文庫―文芸)

 

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武田鉄矢と岩淵まことの名誉のために。

www.youtube.com

岩渕まことのホームページ

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近年では歌のうまさ以外が話題になることの多い小林幸子のために。

www.youtube.com

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このテーマは、またいずれ書きます。だめだなあ、おれ(笑)。

糠漬けログ day #0005.8 番外編 柚子茶の世界

柚子茶です。きょうは(ゆうべから)、糠床さんをお休みさせる日なので、漬けるのは夕方以降に。

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マットは、少し前に暮らしていたモスクワで買い求めた、何のことのないタオル。柄がいかにもって感じで(そうでもない?)帰国時、何枚か自分用のお土産にしました。

柚子茶、おいしい。

ほんとうは、実は皮をむいて…ってやるんだけど、皮にはポリフェノールビタミンP)が豊富に含まれるらしく、面倒なのもあって僕はお湯を注いでからつぶして食べる派。そんな派閥は聞いたことがないけれど。

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きのうまで漬けていたものの中では、みょうがが予想外においしかったです。手前味噌を少々乗せて、呑み助は熱燗でやるんだろうけど、僕は熱い柚子茶で。

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季雲納言(id:kikumonagon)さんがとてもおもしろい、興味深いテーマを投げていらっしゃるので、夜、お答えしようと思います。

kikumonagon.hatenablog.com

これ、真正面から、誰か答えられる人、いる?

結局一つの物語と対峙する時、読者は何を望むのでしょうか?反対に物語や作家は読者に何をして欲しいのでしょう?

その辺の、通り一遍の、誰かから借りてきたことばじゃなくて。

(こういう問いに、大人はもっと震えあがっていいと思うよ。)

震えあがった人が、極端にいえば「読み手」「書き手」としての全人格を賭けて、もし賭けたとしたら、もそもそ、ぼそぼそとならざるを得ないと思うんだけれども、あるいはうまいフレーズで、たとえば、こちらのセンセイのように。

開高健の言葉

オリジナルはおそらく、ルター/ゲオルギウのことばなんだけれども、開高は「あなたは」って読み替え/言い換えを行うんだ。(必ずしも、季雲納言さんの好みや、答えにはなっていないかもしれないけど。)この読み替え/書き換えには、開高さんらしさが如実に現れていると、開高健記念会会員番号xxxの俺が断言して構わない。

開高健記念館

地獄って閻魔帳以外に本あるのかな…

こっちは答えられそうだ。開高さんとか、俺とかが懲りずに本を書いてるから、たぶん心配ない。そういう懲役刑があると、聞いたことがある(笑)。

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続きは夜に。これから、ねこちゃんの譲渡会。夕方に戻ります。